月日の流れの早さに目眩がしそうだ。気付けば松田さんと付き合って半年が経ち、私は彼の事を“陣平”と呼ぶようになった。それは陣平も同じで私の事を名前で呼ぶ。

手を繋いだ、キスもした。でもそれ以上はしていない。至って健全なお付き合いだ。でも私は彼に身体の関係を求めているわけでは無い。彼の口から直接言われるまで、私からアクションを起こす事はまず無いだろう。


「…は?本気?」
「何でそんな顔するの」
「いや…止めといた方がいいんじゃねぇかって」


陣平は読んでいた雑誌から顔を上げ、眉間に皺を寄せて私を見た。私はひと言「免許取りに行く」と言っただけであり、変な事は何も言っていない。そう、何も。


「車なくて困ってないだろ?ならいらねぇって」
「免許証は身分証明にもなるし、それに私も車の運転したい」
「名前ってどん臭そうだけど」
「そんな事はありません」


今の時期なら車校は空いているし、必死に頑張れば一ヶ月で取れるらしい。流石にそれは無理だけど、冬が来る前に免許を取ってしまいたい。バッグから入学案内の書類を取り出すと、陣平の顔は更に歪んでいく。


「何でそんなに嫌がるの?」
「…嫌がっては無いけど」
「じゃあ、なに」


むっすりとした表情をして陣平を見る。切れ長の瞳は右往左往している。それでも視線を外さない私に痺れを切らしたのか「…だよ」と何かを言った。けれど小さ過ぎて聞き取ることが出来ない。


「え?何?」
「俺がお前の送り迎え出来なくなったりすんのが嫌なんだよ!」


キョトン。ぱちくり。一体どの擬音が合っているのだろうか。いや、全部正解かもしれない。今の私はきっとそんな表情をしている筈だ。「送り迎えしたい位私の事好きなの?」と聞いてみれば、その返答の代わりに骨張った掌が私の顔を覆った。


「あー、そっかー。陣平はそんなに私の事が好きだったのかぁ」
「うるせぇ」
「そっかそっかー。ふーん」


指の隙間から陣平の顔を見ると、トマトみたいに顔を真っ赤にさせていた。そんな私に気付いたのか、もう片方の手で強制的に顔を下に向けられてしまった。





空いている時間は全て車校に費やした。とにかく早く免許を取ってしまう。その思いで実技も筆記も必死で頑張った。強いて言うならバック駐車が苦手で、本免テストの時にどうなるだろうと心配したけれど無事にクリア。車校は二ヶ月で卒業した。

そして翌週には免許センターでの試験も合格し、私の手元にはピカピカの免許証が輝いている。写真の人相が悪いけれど、写りがいい人の方が少ない筈だ。

初心者ドライバーの証、緑色のラインが引かれた免許証を陣平に見せる。じっとりとそれを見ると興味なさげにコーヒーを飲んだ。


「ねぇ、褒めてよ!」
「免許何か誰でも取れるっての」


まだ不貞腐れてるとでも言うのか。全く褒めてくれないのなら仕方ない。「それなら新一君に褒めてもらうし」そう言いながら財布に免許証をしまう。


「…誰それ」
「何が?」
「新一君」
「バイト先の子。将来有望のイケメン」


私がそう言った途端、気付けば私は陣平の胸元にいた。「何よ」と冷たく言えば、ぐりぐりと頭を撫で始める。せっかくセットした髪型も台無しだ。


「…良くやった」
「最初から褒めてよ」





「で、その彼とはどこまでいったの?」


私の周りでそういう事を聞くのは下世話が好きな友人か、恋愛話が好きな有希子さんだ。目を輝かせながら有希子さんは私を見ている。「どこまでって…健全な付き合いですよ」と言えば有希子さんは唇を尖らせた。


「ていうか、新一君と蘭ちゃんがいる場所でそんな事聞かないで下さい!」
「あら、少しくらいいいじゃない。ねぇ、新ちゃん?」


宿題と向き合う新一君は、有希子さんの問いに答える事は無かった。ケラケラと楽しげに笑う優作さんを見ると、この二人は本当にお似合いだと思う。そしてその中で新一君はメキメキと強くなっている。

そんな中、純粋無垢な蘭ちゃんは疑問に思ったのか「いくってどこに?おうち?」と聞いてきたので、適当に頷けば新一君が「蘭、お前はこの話に入るな」と言った。相変わらず大人びた子だ。


「でもまさか、本当に付き合うようになるとはね!本当、恋ってどうなるか分からないものね!」
「そうだね、有希子。まるで私たちのように…」
「あなた…」


また目の前で二人舞台が始まった。ポカンと口を開けて優作さんと有希子さんを見ている蘭ちゃんの肩を優しく叩き「さ、早く終わらせて公園に遊びに行こう」と言えば、「うん!」と元気良く返事をした。

イチャイチャしている二人を背に、うんうんと少しだけ頭を悩ます蘭ちゃん。そしてスラスラと簡単に問題を解いていく新一君。蘭ちゃんも勉強は出来るのに、新一君が出来すぎるから劣って見えてしまう。これは困った。


「俺、終わった」
「新一、もう終わったの?わたしまだ…」
「大丈夫だよ。ゆっくりしよ」


焦る様子の蘭ちゃんをなだめるように、優しく声をかける。そんな私の気持ちは知らず、新一君はサッカーボールを手に持ち「先に行ってる!」と部屋を飛び出していった。


「名前さん、わたし遅くて…ごめんなさい」
「そんな事ないよ。自分のペースがあるんだから、気にする必要ないよ」


大きな瞳を潤ませた蘭ちゃんを見ると、物凄く申し訳ないことをしているような気になる。新一君にはもう少し人の気持ちを理解出来る人になってもらわなくては。そう心に誓った金曜日の十六時の出来事。


2018/07/22

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