「どうせなら私と心中してくれれば良かったのに!」


太宰の台詞はこの場所には似つかわしくない。けれどその空気の読めなさが太宰なのである。相変わらず敦君は何とも言えない表情で太宰を見ていた。


「…誰なんだ、あいつは」
「同僚である僕にも謎だね」
「気にしたら負けですよ」


箕浦さんは呆れたように、いや、若干の怒りを込めて聞いてきた。それに対する乱歩さんの返答は間違っていないし、私の返答も正解であると思う。

「しかし安心し給え、ご麗人」太宰はそう言うと勢い良く、乱歩さんへと振り返った。「稀代の名探偵が必ずや君の無念を晴らすだろう!ねぇ、乱歩さん?」早口で言い回したけれど、乱歩さんはわざとらしく溜め息を吐く。


「ところが僕は未だ依頼を受けていないのだ」
「名探偵がいませんね。困りました」


実にわざとらしく、白々しい演技だと思う。すると乱歩さんは人差し指を伸ばし「君名前は?」と聞いた。その人物はまだ一度も言葉を発していない、若い男の警官だ。

名前は杉本と名乗った。巡査と言ったから、本当にまだ下っ端だ。乱歩さんは彼にこの事件を六十秒で解決しろと言った。それが出来たら、全身全霊を込めて土下座をしてもいい。

あたふたと慌てている姿は、普段の敦君によく似ていた。敦君もきっと同じ事を思っているに違いない。彼を見る瞳がそう言っている。


「そ、そうだ。山際先輩は政治家の汚職疑惑、それにマフィアの活動を追っていました!」


振り絞るように出した答えはそれだ。杉本君はこの殺し方が、マフィアの手口に似ていると言った。だが、残念だけれどその答えは間違っている。


「違うよ」


太宰の声が静かに響いた。そう、全く違うのだ。マフィアは胸に三発撃つだけの、可愛い殺し方なんてする訳が無い。――自分がそうだったのだから。


「この手口、マフィアによく似ているがマフィアじゃない。つまり――」
「犯人の…偽装工作!」


太宰の後に箕浦さんの声が続いた。すると杉本君は「偽装の為だけに、遺骸に二発も撃つなんて…非道い」そう呟いた。あ、と私は思う。


「ぶー!」


湿気た雰囲気の中に乱歩さんの声が響き渡った。時間切れと笑いながら杉本君の肩を叩く。名探偵の才能が無いと言っているが、そこらに乱歩さんみたいな人が溢れていたら地球が破滅してしまう。


「あのなぁ、貴様!」


箕浦さんの声は少し怒りを含んでいた。名探偵が創作のものだと言っているが、そんな訳が無い。この世に本物の名探偵は存在しているのだから。事件の聞き込みや調査なんて、乱歩さんの前では全く持って必要無いのだ。


「箕浦さん、一度しか言いません。よぉく、聞いてください」
「急になんだ…」
「本物の名探偵は調査なんて必要無いんです」
「はぁ?」


私がそう言うと、箕浦さんは眉間に皺を寄せた。すると乱歩さんがパチパチと手を叩き「そう、名前の言う通り」そう言い、箕浦さんの前に出る。


「僕の能力『超推理』は一度経始すれば、犯人が誰で何時どうやって殺したか分かるんだよ」


ニヒルな笑いを零し、乱歩さんは言った。しかし箕浦さんはまだ理解出来ず「お前は神か何かか!」と怒鳴った。そういう言い方をすれば乱歩さんは"神"なのかもしれない。

憤怒する箕浦さんを止めに入ったのは太宰だった。何時もなら私の役割なのに。「乱歩さんは終始こんな感じですから」とフォローを入れるが、すかさず乱歩さんが身を乗り出す。


「僕の座右の銘は『僕がよければすべてよし』だからな!」
「流石、乱歩さん!素敵です!」


乱歩さんが華麗なポーズを決め、私は続くようにして拍手を送った。私は乱歩さんの自由気ままな所がとても好きだ。縛られず、好きなようにして生きる。私が必死に拍手している最中に、敦君が引き攣った顔をしていたのは見ていない事にしよう。


「ここまで云うのなら見せて貰おうか。その能力とやらを!」
「おや?それは依頼かな?」
「失敗して大恥をかく依頼だ!」


箕浦さんは腹の奥深くから声を出した。心底イライラしているのだろう。しかし、そこで機嫌を悪くしたからと言って何かが変わる訳では無い。乱歩さんはケラケラとわらいながら「最初から素直にそう頼めばいいのに」と言う。

私は棒立ちになっている敦君を小突く。「な、なんですか」そう言った敦君に目線もくれず、私はただ乱歩さんを見つめる。


「よく見ていて。あれが探偵社を支える乱歩さんの能力。そしてあの社長を惚れさせた能力だよ」


そこでやっと敦君を見る。彼は頬に汗を流していた。私は初めて乱歩さんの能力…事件を解決した時、全身が粟立った。普段ヘラヘラしている乱歩さんが、誰よりも格好良く見える瞬間だ。


2018/04/12
 
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