天気の良いお昼時。私の右隣には乱歩さん、左には敦君を乗せて電車は走る。乱歩さんは機嫌良さげに鼻歌を口ずさみ、敦君はぼんやりと正面を見ていた。


「ねぇ、名前。目の前のカップルについてどう思う?」


突然の乱歩さんの質問に私は真っ直ぐと正面を見る。目の前には先程から敦君がぼんやりと見ているカップルが一組。恐らく女性は三十代半ば。男性は二十代後半だろう。女性は清楚なワンピースに身を包み、男性はブランド物のスーツや時計、バッグで固めていた。


「恐らく男側は結婚詐欺か何かの部類だと思います。ブランド物のスーツを着た男性がこんなま昼間にいちゃついているなんて不自然極まりないです。それに先程から女性が写真を撮ろうと言っても拒否しています。それは自分が映ると都合の悪い何かが――」


私がそこまで言うと、正面でいちゃついていたカップルの男が「うるせぇ!」と怒鳴り、私に掴みかかってきた。敦君と女性が慌てて仲裁に入るけれど、そんな必要は無い。

男性は一瞬震えた後、顔を真っ赤にし、舌打ちを零しその場から立ち去った。女性は呆然と立ち尽くした後、私を睨みその男性の後を追いかけた。


「あれは完全に黒ですね」
「うん。名前の推理は完璧だったよ。あれは結婚詐欺師だ」


うんうん、と乱歩さんと二人で頷いていたら「さっき、男性が震えていたんですが何をしたんですか?」と敦君に聞かれ、私は左手の人差し指をピンと立てた。


「、ひっ!」
「怖いよねぇ。僕、これ一度だけ食らったことあるけど二日間目覚めなかったらしいよ」
「あれは急に脅かした乱歩さんが悪いんです」


ビリビリビリ。耳にははっきりその音が聞こえ、人差し指から小さな青い稲妻が出ているのが見える。「触ってみる?」と敦君に言えば頭が飛んでいきそうなくらい、勢い良く首を振った。


「こ、これが苗字さんの異能力…」
「そ。最大の力を出せば、一瞬触れただけで人を殺す事も出来るよ?」


にっこり笑いながら言えば、敦君は口角をぴくぴくさせながら冷や汗を流した。その時、電車から流れるアナウンスが耳に入る。「次で降りますよ」と言えば乱歩さんは間延びした返事をした。





「遅いぞ、探偵社!」現場に着いての第一声がそれだった。きょろきょろと辺りを見渡すが、いつもは居るはずの安井さんがいない。すると乱歩さんが「ん、きみ誰?安井さんは?」と問う。

怖面の刑事は箕浦と名乗った。安井さんの後任らしい。安井さん、感じが良くて好きだったのに残念だ。むっすりとした表情の箕浦さんは"本件はうちの課が仕切る"と言った。何か訳有りだろうか?


「莫迦だなあ。この世の難事件は須く名探偵の仕切りに決まっているだろう?」


乱歩さんは腰に両手を当て、胸を張って言った。その後ろで敦君が少し引いている。「抹香臭い探偵社など、頼るものか」箕浦さんは鼻を鳴らしながら言う。「何で?」と聞いた乱歩さんの質問に、箕浦さんの表情が暗くなった。


「殺されたのが――俺の部下だからだ」


ごくり、と唾を飲み込む。あの日の事がフラッシュバックした。バクバクと跳ねる心臓を抑えるために、胸元を強く握る。「苗字さん?どうかされましたか?」敦君の言葉に私は何でもないと返す。

開いた死体袋の中にはまだ若い女性の遺体があった。胸部を銃で三発。それだけだ。警察でもまだ他の事は何も分かっていないらしい。乱歩さんは刑事達の話を聞き、鼻で笑った。


「それ、何も判ってないって言わない?」


そう言った乱歩さんの表情は、何と言葉にしたらいいか分からない。箕浦さんは「だからこそ素人上がりの探偵になど任せられん」と言い放つ。安井さんだったらスムーズに話が進むのに、ちょーっと面倒臭いおじさんだ。


「おーい!網に何か掛かったぞォ!」


突如、響くような大きな声が聞こえ、一斉にそちらを向く。どうやらそれは人らしく周りの人たちが焦り始める。あ、そういえばそろそろ太宰がここ迄来る頃だろう。そう思いながら引き揚げられた網には、枯れ葉や泥まみれの太宰が引っかかっていた。

太宰は周りの動揺する様子には目もくれず、敦君にまた自殺への情熱を語り始めた。自殺よりも心中に目覚めたらしい。そろそろ敦君のドン引きしている表情に気付いてほしい。

すると太宰は釣り上げられたまま私を見た。ニコリと笑い「やぁ、名前。何なら君でも良いよ、心中相手」と言う。それに対し、私も太宰同様、笑みを返す。


「死ぬ時は好きな人と、って決めてるから」
「それなら私も候補に入れておいておくれ」


太宰とは随分な付き合いになるが、まだまだ理解出来ない事も多い。「まあ、考えてあげなくも無い」と答えれば、また満足気に微笑む。が、直ぐに太宰の目線は私の手首へと向いていた。私は無意識で腕時計に触れていたらしい。ぱっ、と手を離し、私は太宰に背を向けた。


「それ、癖だよね」
「え?」
「名前、いつもその時計触ってるよ。気付いてないでしょ」


そう言ったのは乱歩さんだった。気付きませんでした、私はそれだけしか口から出す事ができなかった。秒針が一秒進む毎に、心臓を誰かに掴まれた、そんな気がした。


2018/04/07
 
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