翌朝、出勤時間。探偵社事務所の扉を開くと、そこにいたのはメイド服を着た女の子だった。先日、太宰を連れ去ったあの子だ。かくかくしかじか。谷崎君から昨日の出来事を聞く。大体は予想していたが、真逆そこまで大事件になっていたとは。


「頑張ったね、敦君」
「…はい!」


芥川に滅茶苦茶にされたらしいが、その傷一つ残っていないのは人虎の力らしい。私は応急処置として流血した部分を電気で焼き、止血する事がある。けれど異能を使えたからと言って治癒能力は普通の人間。今もケロイドとなって残っているものもある。だから素直に、敦君の治癒力だけは羨ましいと思った。


「私は苗字名前。ここの社員。貴女は?」
「…泉鏡花」
「鏡花ちゃんね。で、その服は国木田君の趣味?」
「そんな訳あるか!」


机をバン!と叩き、国木田君が怒鳴った。そんなムキになったら余計に怪しいのに。「ジョーダンだよ、ジョーダン」と言えば眼鏡を押し上げた。そしてお得意のため息攻撃だ。


「苗字、昨日何度も電話したが何処にいた」
「昨日?前の職場に遊びに行ってた」
「そうだとしても電話には出ろ」
「休日に国木田君からの電話に出ると思う?大抵は休日出勤を知らせる悪魔の電話だもん」


ねー!と隣に座る賢治君に向かって言えば、満面の笑みで「ねー!」と返してくれた。可愛い、可愛すぎる。さすが私の教え子だ。向日葵のような髪の毛をぐりぐり撫でれば「毛づくろいしてもらっている動物たちの気持ちが分かります!」と賢治君は喜んでいた。うん、可愛い。

しかし意外なのは乱歩さんは誰よりも鏡花ちゃんに夢中らしく、珍しく自分で買い物に行き、ねるねるねるねを実演している。何も知らない鏡花ちゃんに自分の知識を与えるのが面白いのだろう。乱歩さんは子どものような人だから。


「そもそも、どうして彼女が探偵社に?」


敦君はソファーに隠れ、乱歩さんとお菓子を食べる鏡花ちゃんを見ながら言った。するとその背後から社長が現れた。「私が呼んだ」低く響いた声に、敦君の体が大きく震えた。


「軍警と市警の動向は?」


社長が国木田君に聞く。どうやら鏡花ちゃんは追われている立場らしい。それもそうか、と一人で納得する。「指名手配も時間の問題か」社長のその言葉に敦君が激しく動揺した。


「此処に置いて下さい」


鏡花ちゃんの言葉に飛び上がるようにして、敦君が驚いた。何でもします。そう言った鏡花ちゃんに対し、甘い世界ではない、と返したのは国木田君だった。


「私には殺人の他に何も出来ないと、あいつは言った。そうかもしれないけど、違うと自分に証明したい」


かつての自分自身を思い出した。お前は殺人兵器なのだ、私は先代の首領に言われ続けていた。私もそう思っていた。でもそれは違う。人は変われる。自分の意思で。


「僕からもお願いします」


鏡花ちゃんの隣に立ち、頭を下げたのは敦君だった。そして二人を社長が物凄い剣幕で見る。背が高いからか、元の顔つきのせいか。いや、もしかしたらどちらもかもしれない。幼い子どもがいれば、泣いて逃げるだろう。

少しの沈黙の後「採用」と一言声に出した。皆が一斉に驚く。「敦、面倒を見てやれ」とだけ言い残し、社長室へと戻って行った。


「失礼します。お約束の書類を届けに参りました!」


微妙な雰囲気を壊すようにして入ってきたのは、以前乱歩さんと一緒に仕事に行ったときに出会った箕浦さんと婦警さんだった。「ご苦労様です!」と賢治君が返事をしたから、私達の取り分なのだろう。

しかし鏡花ちゃんを見た箕浦さんは表情が一変した。「その娘…此処の関係者か?」そう言って彼女に近付く。元孤児で凄腕の殺し屋。それが今後、鏡花ちゃんに纏わりつく固有名詞だ。

箕浦さんは身元証明出来るものを確認しようとするが、鏡花ちゃんは微動だにしない。それにフォローに入ったのは敦君だけれど、支離滅裂な事を言うから現場は余計に荒らされていく。

しかしその場を抑えたのは、社長であった。「私の孫娘だ」その言葉に、その場にいた一同が動揺を隠す。乱歩さんでも予想外だったらしく、珍しく阿呆面を晒していた。

社長と鏡花ちゃんを見比べ数秒、「これは失礼」と箕浦さんは言った。社長の完全勝利の瞬間である。


2018/04/18
 
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