小さな窓から見える景色は、一定の速度で消えていく。会話の無い車内で、私はただ窓から外を眺めていた。磨かれた硝子に映る横顔は、ひたすらに目の前を見つめていた。

綺麗な横顔も、切れ長の瞳も、手袋の下に隠された長い指も、かつては全部私のものだった。整った唇と何回キスをしたか分からないし、見事なくらいに鍛えられた体に何度抱かれたかも覚えていない。

中也は本当に優しかった。誰よりも私を愛してくれていた。けれど強く握りしめてくれていた手を離したのは私だった。今もその手を握りしめていたら、繋いでいたら私達の関係はどうなっていたのだろうか。

中也の車が止まったのは、三十分程経ってからだった。その頃には夕焼けに染まっていて、辺り一面オレンジ色になっていた。あの頃と変わらない仕草で車の扉を開けてくれ、掌が私へと差し出される。それに触れると勢い良く引っ張られ、気付けば中也に抱き締められていた。


「っ、会いたかった…」


中也と出会って初めての誕生日にプレゼントしたのが、この香水だった。それが今もまだ、中也の体を包んでいる。誰かに握られたかのように、心臓が痛くなった。


「中也、」
「喋んな」


また一段と抱きしめる力が強くなった。私は静かに首元に顔を埋めた。一段と香りが強くなる。汗の匂いと混じり、頭がくらくらしそうだ。こんな事をしては駄目だと、中也に勘違いさせてしまう。分かっているのに、抱き締められた体を離す事が出来ないのは何故だろう。





抱き締められてからどれ位経っただろうか。いや、もしかしたら一分も経っていないのかもしれない。ゆっくりと身体が離れ、私達の間を冷たい風が通り抜けた。

夕陽のせいで、中也の表情は影に隠れてしまっている。でもオレンジ色の髪の毛はその分輝きを増していて、そういえばこの髪の毛が好きだった、と思わず手が伸びてしまっていた。

何も変わらない、少し癖のある柔らかい髪の毛。優しく撫でれば、するりと指の間を抜けてしまった。すると中也の手が私の手に重なり、そのまま彼の頬に触れた。優しい温もりが掌から伝わってくる。


「俺の髪に触るの好きだったよな」
「、うん」


私達の会話は弾まない。ただ少しずつ、昔の事を思い出す。私が一方的に終わらせた関係。それは誰よりも、私の我が儘だった。マフィアを抜け、すぐにマンションを引き払った。そして携帯も解約し、私という存在を真っ白にしてもらった。

あの日、マフィアを抜けた日。『またね』その一言だけを書いたメモを中也の部屋に残し、気持ち良さそうに眠る彼の元を去った。前夜、身を溶かす程に熱く重なり合った事は今でも忘れていない。


「この四年間、俺がどんな気持ちでいたか手前に分かるか?」
「…」
「名前がポート・マフィアを抜けて、すぐに太宰の野郎も消えて。組織内はお前等が駆け落ちしたんじゃないかって噂が流れてた」
「っ、それは違う」
「ンな事、今の手前見りゃ分かる」


中也は目元を隠すように手をあてた。するとその手がゆっくりと離れる。そこから見えた瞳は、貫くように私を見ていた。


「今の俺なら名前がマフィアを抜けた理由も、俺から逃げた訳も分かる」
「…」
「でも、これだけは一つ言っておく。…名前、手前の事だけは絶対に諦めねェ」


そう言った中也の瞳は真っ直ぐで真剣で、嘘を言っていない事は確かであった。嬉しさか、恥ずかしさか、それとも呆れか。理由は分からないが笑いが込み上げてきた。


「な、何だよ」
「いや。本当に忘れる事が出来ないぐらい、私って良い女だったんだなって」
「そうだよ。ワリィか」
「ううん。ありがとう」


いつの間にか外は暗くなり、中也の表情は見えなくなった。きっと私も同じだ。けれど、それで良かった。恐らく、今の私は耳まで真っ赤なのだから。


2018/04/18
 
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