婆娑羅ゆめ | ナノ
 旭日に、暁

(元就と)



「フン、確かに今生に刃は不要。……だが、馴れ合いもせぬ」
「争う必要はないのに?」
「下らぬな。必要も無かろう。我はただ毛利家を守るのみよ」
「そっか」

それぞれ生きてるんだねえ。
時臣は頬杖をついて両足を揺らした。行儀が悪い、とでも言うようにーーまたは鬱陶しい、かも知れないし、そのどちらかでも無いのかも知れないーー元就の視線が其れを射抜き、時臣はやれやれとばかりに姿勢を整える。

ぺらり。
風の無い静かな図書室には元就と時臣の二人しか居らず、本の頁を捲るのは帰宅部の時臣ではなく図書委員会に属する元就だ。

「貴様は決めたのか」
「何を?」
「どう生きるのだ、貴様は」

本から目を離さずに、元就が言葉を切れば無風の場に無音までもが訪れる。
己の鼓動だけが耳元で響く。先程までやけに耳に付いていた筈だった、時計の針が進む音はいつの間にか遠く、時臣は一瞬だけ自分が何処にあるのか分からなくなるような心地だった。

ぺらり。
妙に小難しそうな本をまた一頁捲った元就の瞳が、無感情な色をしたまま時臣を見た。それをまるで時が動き出したかのように感じながら、時臣が笑う。

「好奇心旺盛になっちゃったね、元就殿」
「知的好奇心は依然として変わってはおらぬ」
「そっか。変わらないものもあるんだ」
「……だが、以前なら気にも留めなかったであろうな。欲の及ぶ範囲は確かに広まったか」
「広めなくても良いところまでね」

ふ、と元就が笑ったのを、確かに時臣は見た。殆ど口元だけではあったが、前に良く見た皮肉げなものではなかった。

「我とて変わったのであろう」
「どうしたの、急に」
「"あの頃"には見たことがない貴様の顔を見ると、些か胸が悪い」
「……どんな顔?」
「窓でも見てみるがよい」

振り向けば、嗚呼。

「あれだね。カナシイ、かな?」
「なるほど、そのような顔をするのか」

ひとつ知識が増えたな。
無駄知識だね。

返す時臣に元就は今度こそ鼻で笑って、 本に栞を挟んで閉じた。



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