婆娑羅ゆめ | ナノ
 望むとも望まぬとも

(微温湯の先。転生現パロ。家康との再会、吉継と主)



「君はやっぱり、お人好しどころの騒ぎじゃ無いと思うよ。これは絆じゃない、血塗れの宿業だ」

家康、と呼び掛ける声は呟きにもならずに吐息として風に流した。
生温い平和に塗れながらも血生臭い記憶を持つ俺は、衝動のまま親しげに名を呼べるほどには厚顔では無かったらしい。

視界の端にちらちらと映る黄色いパーカーは日の光が照って目に痛い。
だから顔を逸らしているという話でも無いが、傍目には言い訳になるだろう。

「いいや、違う。もう血を流す必要など無いんだ。そうだろう時臣」

真っ直ぐに此方を見る瞳が、かつて愛し傷付けた人に被ってブレる。

いくら以前の世の事であるとは言え、魂に刻まれた記憶からは昨日の事のように思い出せる筈だ。
痛みも苦しみも悲しみも、あの戦いの日々も、三成の激昂も俺の裏切りも。

「忠勝がいる、三成がいる、元親がいる、時臣がいる、皆がいる。皆、生きている。戦わなくて良い、争わなくて良い。友と、日々を過ごせる」

それでも柔らかさ、暖かさ、強さ、彼の持つ全てを包括しながら笑うのだ。

「今はただ、其れを嬉しく思う」

裏切った己すらもまた友と呼び、更には奴らと並べるのか。
眩しい男だ。数百と時を経て輪廻を巡り、再び世界に生まれ落ちても尚。
いっそ、その光でこの目を潰せば良いのに。

俺が焦がれた眩しさとは違うけれど、友として、確かに惹かれてはいたのだろう。
後悔なんてしていない。
笑いあった日々もけして嘘では無いが、彼が差し出す手を一方的に放した事も悔いてはいない。
ただ、不要と切り捨てておいて今更と思うだけだ。

またな、時臣。
そう告げて背を向けるのを見守って、見えなくなっても立ち尽くし続ける。


「徳川は相も変わらず、な」

背後から声がかけられるまで。

振り向こうとする前に、声の主が俺の横へと並んだ。

「己の醜さが浮き彫りになり流石のヌシとて参ったか」
「手厳しいね」
「なに、吾なりの優しさよ。ヤサシサ」

吉継は今生でも体中に包帯を巻いている。皮膚の病だが。
この世で初めて出会った時には既にその姿だった。この世で培われた感性として見ればやはり痛々しいが、だからこそ逆に見慣れた風体ではある。
しかし地に両の足を付けて歩く光景は未だに見慣れない。
「はて、輪廻にて業が薄れたか」と足元を見下ろした彼の、引き攣るような笑みは変わらない。

「吾とてまだヌシを赦してはおらぬ」
「初耳」
「ヌシを赦さずとも、友となるのは容易い。この世ならばな」
「まるで関係無いみたいに言うね」
「実際そうであろう。あの世もこの世も、まやかしのようなもの。吾らが一番理解しておる」

あの日の俺には真実だった、全て。
今思えば何に追い詰められていたのだろう、執着、欲、恋慕、憎悪。
怖いのはあれが壊れる事か。それとも壊れた後か。

「平和だと考える時間がありすぎて、嫌になる」
「故に吾は問うた。ヌシには優しく無かろうと」
「悲劇ぶる気は無いけど、向いては無いね、きっと」

喧騒に身を埋め、本能と衝動に任せ、ひたすら血に浴びていれば何も考えなくて良かった。
「ヌシの心は闇が渦巻き歪んでおる」、俺にそう言った吉継の思いも見えてしまう。

「だが生きておる。吾もヌシも、彼奴らもな」
「良いのかな、この生温さを享受してしまって」
「何を言おうが結局はヌシの生、好きに生きよ」
「難しいね」
「案ずるな、人は所詮、時の流れには逆らえぬ。如何に呪われた記憶があろうとも。
大抵はその時代に相応しい生き方をするものよ。

血に濡れても笑ってばかりであったヌシが、今では雨くらいでカナシイ顔をするようにな」

吉継の声を静かに聞いているうち、ぽつり、足元に水滴が落ちた。頬には暖かい雨が一筋。指で掬って、ぼんやりと其れを見る。

「初めて見た」
「吾もよ。ヌシの涙を見る事など、あろう筈が無いと思うていたわ」

以前まではな。


笑う吉継の声は懐かしいようで、何だか違うもののようにも聞こえた。



(変化は訪れるもの)



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