めののめも | ナノ
▽0221 (06:19)
とうらぶ

本丸怪談。霊力クソ弱い審神者と遂に来た小狐丸。そして本丸に来ない三日月宗近。
別名義twitterからサルベージ。


大した霊力を持たぬが故に天下五剣など望むべくもない審神者である。
レア太刀と呼ばれる者たちや、そのほか希少価値の高い刀はこの本丸では滅多に無い。
それでも本丸を回せているのだから霊力以外は信じてもいいものだが、審神者は刀たちの力であると、己を律するだけだった。
コンプレックスは重い。


そんな具合なものだから、審神者は遂に現れた小狐丸を前に立ち眩みを起こしたのだ。

「これは、まさか幻覚?」
「幻覚ではございませんよ。小狐はぬしさまを化かしたりは致しませぬ」
「お、俺の……小狐丸、ですか……?」
「? ええ、小狐はぬしさまの小狐丸ですよ」

そして審神者は感動のあまりその場でぶっ倒れた。


霊力が低いことを気に病んでいた審神者は、その悩みを払拭させてくれた小狐丸の戦場での頼もしさ、普段の穏やかで優しげな所をとても気に入った。
別段、元からいた刀を蔑ろにしている訳ではない。審神者の内心を知る彼らも小狐丸を深く歓迎していたのだ。
小狐丸自身も、満更では無さそうだった。


審神者は小狐丸と同じように長らく切望していた筈の太刀、三日月宗近の事を忘れていく。


待ち望んでいた筈の三日月宗近の事をすっかり忘れ、日課だった鍛刀もまともに行わなくなった頃から、審神者は不思議な夢を見るようになる。
それは決まって月の笑う夜。雲の無い空に浮かぶ月が、湖面に映る日に。

未だ秋に一歩踏み出したばかりと言う割には、些か肌寒い夜だった。
しかし雲一つない空に浮かんだ輝く船が余りに明媚であったので、これは良い肴になると、審神者は薄い羽織りを肩に乗せ、いそいそと草履を引っ掛けたのだ。

良い場所を思い付いた。
澄んだ池にかかる橋、その袂には長腰掛がある。舞い泳ぐ鯉をゆるりと眺めるのもなかなかだが、今なら水面に映ったもう一つの月とすらまみえるだろう。
素晴らしい、これなら手酌も贅沢だ。審神者は上機嫌で足を向けた。

今にも跳ねんばかりの足取りでふかふかと羽織りを揺らす審神者は、視線の先に見知らぬ影を見た。
目を細めれば、欄干の傍には人の形をした、この世のものとは思えぬ美しい何かが佇んでいる。
審神者は思わず足を止め、そっと息を詰めた。あれは何だ。

古めかしくも典雅な趣の装束は清廉な藍色。織り込まれた繊細な紗綾文様が月明かりに照らされてぼんやりと浮かび上がっている。
頭の丸みを覆う、夜闇をそっと集めたような濡羽色の艶やかさといったら。

ーー目を奪うほど端正でありながら、その姿は何処か物寂しい。

審神者は眉を下げ、そっと歩を進めた。
ぼんやりと俯きがちのその何か、降りた髪に隠された表情はとんと伺えない。
まるで帰り道の分からなくなった迷い子のようで憐れみを誘う。
伏せられた瞼から、今にも涙が落ちてきそうにも思えた。

人が寄ってきた事に気付いたのだろう、何かは審神者に顔を向けた。そしておもむろに瞼を持ち上げる。
一瞬、長い睫毛に彩られた美しい煌めきが見えたような気がした。
其れが一体何であったのか、ただの予想、あるいは期待であったのか。

そこには何も、無かった。



背筋に怖気が走り、喉が引きつった音を立てた。

「ひ、ッ……!?」

無意識に後退り、体勢を崩しかけて何とか踏みとどまる。
何処までも虚ろなふたつの伽藍堂は微動だにもせず審神者を見つめていた。


「嗚呼、俺のことが、分からないのだな」


何かを諦めたような、寂しそうな声だった。








「ぬしさま、朝ですよ」


目を開ければ己の部屋のつまらない天井が見える。審神者はゆっくりと身体を起こした。

「……おはよう、小狐丸」
「おはようございます」

毛艶を確りと整えた後なのだろう、自慢の毛並みをふかふかとさせて、全く小さくない狐がにんまりと笑っている。

「ぬしさま、本日のご予定は?」
「え? ああ……出陣部隊に指示を出して、後は……」
「何か作りますか?」
「そうだな。盾兵が減っていたかも……刀装の数を確認しないと」
「他にご用事はございますか?」
「いや……うん、特に無いよ」
「そうですか」

小狐丸は小首を傾げて笑っている。何かあるのだろうか。

「いいえ? ぬしさまが眠そうにしていらっしゃるので、頭を働かせた方が良いかと」

考えが声に出ていたらしい。確かに目が覚めてきたようだ。

「ありがとう、小狐丸」
「お安い御用です」

小狐丸はにんまりと微笑んだ。



そして夢も見なくなった。

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