その日の陽介は頗る機嫌が悪かった。
普段はニコニコと笑っている陽介だが人間である以上怒るし泣くし喜ぶ。陽介は表情が豊かな方であるため、尚。
その日は午前からテストがあり前日からの寝不足で点数は悪く、昼御飯には自身の苦手なピーマン等がこれでもかと云うほど使われ、その後昼寝でもしようと木陰に向かえば一年は組から尽く邪魔をされた挙げ句に不慮の事故で頭から水を被ってしまいびしょ濡れ。終いにはびしょ濡れになった陽介を見てけらけらと笑う三郎次に苛立ち口喧嘩になってしまい、機嫌は急降下。
苛立ちながらも早く着替えようと自室に向かっている最中、曲がり角で勢いよく一年生と打つかってしまったのだ。

あまりにも急なことに身構えることすら出来ず、お互いに尻餅をついてしまったようで、陽介はいたたた、と小さく呟きながらも打つかって来た一年生に少々鋭い視線を向け、刺々しい口調で言葉を投げ掛ける。

「ちょっと一年。廊下では走らないでくんないかな?」
「あ、え、あ…っ!」

陽介と打つかったのは一年い組図書委員の川嶋奏太。千歳緑の艶やか髪を揺らし、口をぱくぱくと開閉し、一重だかぱっちりとした瞳にはじんわりと涙が浮かんでいた。
謝らなければ、謝らなければ。そう思い口を開くが奏太自身人見知りであり初対面の人とはすらすら話せず、加えて年上からの刺々だらけの言葉であるなら尚更。奏太でなくてもろ組辺りなら奏太とそう変わらない反応であっただろう。
急いで謝ろうとすればするほどに涙がじわりじわりと浮かびうまく言葉が出ない。い組のみんなならこんな時直ぐに言葉が出るだろうに、と自身への不甲斐なさを改めて痛感する。

「謝るかなんか出来ないの?」

言葉の出ない奏太に痺れを切らせた陽介は機嫌の悪さを隠すことなく、奏太に言葉を投げ掛けた。
陽介がもう少し冷静であれば奏太が自身の後輩である今福彦四郎とよく一緒にいる川嶋奏太であると気が付いたのだろうが積み重なった苛立ちにその余裕はなく、ただただ八つ当たりのようにキツい言葉を吐く。
一頻り言い終わり息を吐くと目の前にはボタボタと涙を溢す奏太の姿。年上から不機嫌そうに嫌味をズラズラと並べられて不安にならない訳などない。ぎょっと見張れば奏太は肩を揺らしながら必死に謝罪の言葉を紡ぐ。

「ご、ごめん、なさい…っ!」
「…へ、あ、いや、あの、」
「ぼくの、ふ、不注意で、先輩に迷惑を…っ、」
「あ、ぼくも言い過ぎて…」
「ごめんなさい…っ!」

涙を流す奏太にあたふたと慌てる陽介。まさか泣かせてしまうとは。先程までの不機嫌さは何処。奏太をどうやって泣き止ませようかと困り果てているなか、忍たま長屋では滅多に聞くことの出来ない高く澄んだ声が鼓膜を刺激する。

「なーにやってんの?…って奏太に陽介!?」


角からひょっこりと顔を出したのは四年ろ組会計委員の川嶋みなと。側で涙を流す奏太の実姉であり唯一忍たまに混じり生活をする女だ。本来くのいちに入る予定が誤って忍たまとして入学。詳しい話はまた後程するとして、みなとは大泣きする自身の弟とびしょ濡れになりながらもじんわりと目に涙を浮かべ焦った様子の陽介に困惑した。
どうしたものか、と二人に近寄れば陽介が少し吃りながらも事情を説明する。陽介の言葉にみなとはうんうんと頷きながら耳を傾け、話終わる頃にはごめんなさい、と涙を流す陽介を見てくすりと小さく微笑んだ。

「ほらほら、二人とも男の子なんだから泣いたらダメだよ。」

二人を纏めて抱き締めるみなとは苦笑いを浮かべているがその表情は優しく、心底弟と後輩が大切なのだと伺える。
みなとの背に手を回し嗚咽を漏らす奏太と裾を握り締める陽介の背中をぽんぽん、と撫でる。
段々と落ち着く二人を少し放しにっこりと笑顔を浮かべながら奏太と陽介を向かい合わせる。

「二人とも謝りなね。」
「…ごめんなさい、ぼくの不注意で打つかってしまって。」
「ぼくも、きつくあたってごめんなさい。」

ぺこりと頭下げる二人に満足したのかみなとは満足気に笑い再び頭ごと抱き締める。

「仲直りしたねー!お利口さん!」
「ね、姉ちゃん!」
「はははっ、離してくださいよー。」
「なんだとー!?」







(うわ、川嶋なにやってんの?)
(京太郎も抱き締めてあげようか?)
(どうでもいいけど東濡れてるじゃん)
(ああ!)
(…姉ちゃん…。)


prev - next

back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -