ロ対当


「若いのに大変だなぁ。」
「そんな事はありませんよ。」

 目の前で綺麗に笑う青年に見られないように小さく溜め息を吐く。
 今年の花火の計画を確認する為に学園から町に下りて、学園で上げる花火や、何時もの河川敷や少し遠い場所であげる花火についての見直しや当日の予定について話し合って、土産を買って学園に戻ろうと団子屋に寄れば、どうも苦手な青年と出会してしまった。
 
「侑樹さんは今学園に居られるのですよね?」
「ああ。学園長から頼まれてな。」
「そうですか。」

 山田利吉十八歳、フリーの忍者としてはかなり優秀で、今忍者界での注目株とも云える存在だ。
あの山田先生のご子息で、嘸素晴らしい英才教育を受けて来たのではないだろうか。
 彼、…利吉くんとは俺が学園に在籍していた頃から何度か関わりはあったが、あの頃から俺がこの青年を苦手意識しているのは変わらない。寧ろ年を重ねる事に益々苦手意識は強くなって、今では出来れば関わりたくない人物トップ3に入る。

「今年は学園でもあげると父から聞きましたが、本当ですか?」
「ああ。生徒たちにも見せてやりたいからな。」
「私も、見に行っても構いませんか?」
「、ああ、花火は皆で見た方が楽しいからな。」

 何時ものように人当たりの良い笑顔を浮かべながら小さく頭を下げる利吉くんに苦笑いを溢し手元の団子を齧る。
糯米の甘い香りと胡麻の香ばしい風味や甘味が鼻孔を擽り、ついつい口元が緩む。
美味しいと評判なだけあって味も申し分なく、もちもちとした食感と胡麻の甘味や旨味が上手く合わさり、甘いものが苦手な俺でも美味しく味わうことが出来る。
こってりし過ぎずさっぱりし過ぎず、本当に美味しい団子だ。

「………、」

 胡麻団子を咀嚼しながらちらりと隣に腰を下ろす利吉くんを見れば、整った綺麗な横顔が視界に写り、矢張りもやもやと何とも言えない気持ちが胸に立ち込めた。
 何を考えているのは判らないその表情や仕草は忍者としては優秀なのだが、当たり前なのかもしれないが、一人の人間としては如何なものかと思う。
 無論、そんな事を言えば忍者の意味が無くなってしまうと云う事は十二分に理解しているが、俺は感情が判りにくい人間はあまり得意ではないのだ。
 自分は花火師の家系に生まれ、所謂武家花火師だったためか幼い頃より花火に触れ、人の笑顔を見て育った。
 行儀見習いとして忍術学園に入学した際も休みになれば町に下りて積極的に人と触れ合ったし、長期休みは花火大会についての話し合いにも参加させて貰った。
 笑顔を見て育ち、人を笑顔にするのが俺たちの仕事みたいなもので、笑顔があるからこそくそ暑い日だって頑張れたし、笑顔があるから綺麗な花火を打ち上げようと決意を固める事が出来た。
 つまり、本当の笑顔を見せない様な奴から何を言われたって不愉快でしかないのだ。
 確かに、忍者がほいほいと感情を露にするのは忍者としては失格だけど、忍者とて一人の人間だし、仕事の時以外は素直に笑ったり泣いたり怒ったりしても構わないと思うのだ。
 そして、この男はあの手この手で花火のことを聞き出そうとしてくるものだから更に気に食わない。
 どうせどこかの城から花火師について調べろだのなんだの言われたのだろう。花火師は家系が花火師でなくちゃなれないようなものだし、最近は戦で勝った時に花火をあげる城が増えたと聞く。
 花火師を雇うのも安くはない。寧ろ花火師一人を雇うに中りそこそこ売れている忍者を二人くらい雇える程高い。
 何故花火師が其処まで高いかと言うと、花火師が伝統のようなもとだからと謂うのもあるが、花火師一人一人が花火を愛しているからと謂うのが一番の理由なのだと思う。
 花火師と云う職に誇りを持ち、敵味方関係無く魅了し笑顔にする花火を戦に使いたくはないし、何より慣れ親しんだ町や人々の笑顔を壊したくはないのだ。
 専属になれば城中心に花火を打ち上げねばならない故に、良くしてくれた近所の方々や、花火を楽しみだと笑う子供たちと会えなくなるかもしれないし、戦で村や町を焼かれてしまうかもしれない。
 俺は自身が産まれ育った町を焼かれて花火を上げれる余裕は無い。寧ろ花火の調合を変えて爆薬を作ってやるかもしれん。

「侑樹さんは、」
「…ん?」

 茶を啜っていれば、利吉くんは酷く真剣な表情で俺を呼び掛ける。何を考えているのかはわからないけど、稍つり目がちな利吉くんの瞳に何故かどきりとした。忍者の迫力と云うヤツだろうか。

「侑樹さんは、何故花火師になろうと思われたのですか?貴方程の実力が有れば何処かの城にでも就けた筈です。」

 利吉くんの言葉を聞いて耳を疑ったが、その質問は何処かの知らない忍者からも聞かれたりしたことは何度もあるので、またか、と小さく笑った。
 急に笑いだした俺を不思議に思ったのか、利吉くんは首を傾げて眉を寄せる。
 今度は利吉くんが何を考えているのかわかる。

「そんなの簡単な事だ。俺は花火師の家系に生まれ育ち、人の笑顔を生き甲斐にしている。折角花火師の家系に生まれたんだ、花火師にならなきゃ損だろ?」

 無意識ににい、と利吉くんに笑いかければ、利吉くんはぽかんとした表情で目を瞬かせる。

「それにさ、俺は花火もみんなが笑った顔も大好きだからだ。細かい理由なんて気にすんなよ。」
「…貴方と云う人は、」

 はぁ、と溜め息を吐いた利吉くんの表情は最初の読めない顔とは違い、優しく呆れたように緩められており、なんだちゃんと人間じゃないかと安心した。
 
「なぁ利吉くん。俺さ、利吉くんの事苦手だったんだ。」
「知ってますよ、それくらい。」
「…やっぱり?」
「雰囲気でわかります。現役を嘗めないでくださいよ。」
「ごめんごめん。」

 さっきまであんなにもやもやしていたのに、今ではこんなに気軽に会話が出来るなんて思ってもみなかった。
 お団子を齧る利吉くんにははっきりと表情が有り、ぱちりと目が合うと楽しそうに笑う。
 今での利吉くんは苦手だった。
 何を考えているからわからないし飄々とした態度や山田先生の似た目元や雰囲気がまるで全て見透かされているようで苦手だった。
 けど、それは多分俺が利吉くんを苦手意識する剰り距離を取って、利吉くんを知ろうとしていなかったせいだったのかもしれない。
 利吉くんは多分ずっと俺に歩み寄ろうとしてくれていたのだと思う。
 出会った当時は中途半端に大人になりたがってませていたし、山田先生が苦手だったから余計に距離を取っていたのかもしれない。

「侑樹さん、頬に餡が付いてますよ。」
「え?まじ?」
「ほら、ここに。」
「うわっ、ホントだ。ありがとう利吉くん。」
「…、いえ。」

 仕方ない、と云ったような表情だろうか。まるで手の掛かる弟へ向けられるような視線に擽ったくなるが、利吉くんへの苦手意識が無くなり嬉しい俺は利吉くんの頭をがしがしと撫でながら弾んだ口調で言葉を紡ぐ。

「なぁ利吉くん、君を教えてくれないか?」
「…え?」
「気になる相手の事は知りたいだろ?」

 更に顔を赤くした利吉くんは蛸みたいでなんだか可愛らしいと思ってしまった。(勿論比喩である。利吉くんが蛸みたいだなんて世間のマダムや利吉くんに憧れる忍たま諸君に知られたら俺多分死ぬ。)

「…ダメ、かな?」
「あっ、いえ、そんな…っ!し、仕事に支障が出ない程度になら、構いません。」
「よかったぁ。」
「い、いえ。」

 慌てた様子の利吉くんは今までイメージしていた利吉くんとは全然違って、新しい一面を見れたことが更にまた嬉しくなった。
 有能なフリーの忍者とは云えまだ十八だ。まだまだ可愛らしい年頃だ。

「改めてよろしくな、利吉。」





対当
漸く揃った歩幅