あの女について話して欲しい?
嫌だ嫌だ。あの女について話すことなんて何もないしあったとしても話したくない。
理由?私はあの女が嫌いだ。ただそれだけ。私の大切なものを奪ったあの女が大嫌いだから、憎いから、穢らわしいから。
私は他の人たちと違って絶対に話さないからな、何度聞いたって無駄さ。早く帰ってくれないかな?この後はなまえと雷蔵と三人で町に行く約束をしているんだ。
二人を待たせるなんて絶対に嫌だからな。特になまえはめんどくさがりだから待たせると機嫌を悪くするし帰られてしまうかもしれない。愛しいなまえと大好きな雷蔵と出かけるなんて幸せだよ、この幸せを活力に変えて明日からまた頑張るんだ。邪魔をしないでくれないか?さあさあどいたどいた。どうしても退かないと言うならお前の顔を使ってあんなことやこんなことをしてやる。
ふんっ、最初からそうすればいいんだ。









「なまえー!」
「っわ!」

どんっ!と後ろからの衝撃によろけながらも腰辺りに抱き付いている友人を模したふわふわと触り心地の良いヘアピースが付けられた頭を撫でる。顔を上げたのは不破雷蔵の顔をした鉢屋三郎。
なまえは少しばかり痛む腰に眉を寄せるが三郎が直ぐ様心配そうに眉を下げたものだから、まあいいかと表情を和らげた。

「す、すまない…。」
「大丈夫だよ。けど、急に突進するのは止してね。」
「ああ!」

この会話、既に何百何千としている。
懲りない三郎も三郎だが許してしまうなまえも甘いのだ。勿論何時だってにこにこ笑って許してやるわけではなく、たまにむっと顔を顰め、冷たい目で叱る時だってある。しかしその度に瞳一杯に涙を溜めて謝るのだからこちらが悪いことをしている錯覚に陥ってしまう。まあ、そうでなくても不破雷蔵が止めに入れば直ぐに許してしまうのだが。

「…三郎、歩きにくいから離れてくれんかな?」
「えぇー!」
「離れないならひっぺがす。」
「いいじゃあないか、少しくらい!」
「邪魔なものは邪魔なの。」

口を尖らせぶうぶうと文句を垂れる三郎に少しだけ大きな溜め息を吐く。するとどうしたか、びくりと大きく震えた三郎の肩。一度強く力を込められゆっくりと離れ、三郎は自身に向けて寂しげな、そして悲しげな視線を寄越す。

「……、」

何なんだ。
何時も何時も迷惑ばかりかけてきて、悪戯をしてきて、けらけらと人が悪い笑みを浮かべててんで反省した様子は見せないくせに自身が少し強く出ればしょぼくれてしまう。これじゃあまるで5歳児みたいではないか。これならまだ一年の福富と云ったか、その妹の方がよく出来た子なのではないだろうか。
三郎のことを嫌いかと問われれば答えは否。別に嫌いではないし仲間としては大切だ。頭も切れ、武術も五年では群を抜いており、自身たちのなかでは最も有望と称され、天才と謳われている。実習の際は頼りになるしテスト前には勉強を教えて貰ったりもする。
上辺だけ見るならこれ程出来た人間も居ないと云う程に完璧な人間なのである。しかし、完璧な人間など居ないと云うのは本当のことで、人間性を問われればこれ程までに阿呆らしい人間は居ないと云う程に阿呆で、鬱陶しい。
親しい人が他の人と話していれば直ぐに嫉妬し泣きそうな顔をする。少し構ってやれば泣きそうなくらいに嬉しそうに顔を綻ばせる。単純なのか難しいのか、よくわからない人間だ。
ぞんざいに扱えば怒り、片割れと称される不破雷蔵が笑顔を浮かべながら脅迫染みたことをしてくる。
アイツは人の良さそうな顔をしてやることはえげつないので機嫌を損ねることだけはしたくない。

「…はあ。手なら、繋いで構わないよ。」
「本当か!?」
「ああ。」

手くらい繋いだところで減るものではあるまい。年頃の生娘でもないし、生憎実家にも婚約を結んだ娘も居ない。そう軽く考え三郎に手を差し出せば、自身より指の長い器用そうな手が自身の手を包んだ。

「はは、なまえの手は暖かいなぁ」
「ああ、そう」



でも僕は愛してる




「あの女は誰?」
「……え?」

自身の問い掛けにこてん、と首を傾げるなまえの肩を掴む。なまえは意味がわからないと云うような表情をするが直ぐに合点がいったのか、ああ!と声を上げて、楽しげに続けた。

「天女様のことか?」
「…なんだ、それは」
「そのままさ」

それを口に乗せたなまえの顔ときたら。
わたしや雷蔵にだってあまり見せないふにゃりとしただらしない顔だ。
嗚呼、これはダメだ。だって、こんな顔わたしたちには向けてくれない。
なまえはいつだって何処か素っ気ないし、投げやりだけれど、それでも何だかんだわたしを優先する。それはわたしの我が儘のせいだってことくらいわかってる。だけれど、この顔は、雰囲気は、声は。
そのうちにソレを優先しはじめるのが、わかる。

「これから兵助たちと天女様に会いに行くんだけど、三郎もくる?」
「…いや、遠慮しとくよ」
「そ、じゃあまたあとでね」

するりと掴んだ手から抜けてまた再び歩き出すなまえに、今度はぞわりと。何か嫌なものを感じる。
この感覚は、何度も経験したものだ。


「…ああ、邪魔だなぁ」






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