嫌いだった。
ふわふわとしたあの甘ったらしい雰囲気が大嫌いだった。
どんなに酷いことをしてもへらへらと笑って「わたしが悪い」としか言わないあの女が大嫌いだった。本当は止めて欲しいくせに、泣きたいくせに、自分を抑え込んで良い子面するあの女が大嫌いだった。
四郎兵衛が泣いていたのも、同輩が哀しみに暮れていたのも、後輩が壊れそうになっていたのも、全て全てあの女のせいなのだ。

特に深い理由などはない。只純粋にあの女が邪魔で邪魔で仕方がないだけ。嫌いで嫌いで仕方がないだけ。早く始末してしまいたいだけ。あの女が私の大切なものを汚す前に消してしまいたい。只それだけなのだ。





















「小平太はいるか?」

白く淡い雪が降り積もるある冬の昼下がり。六年い組のみょうじなまえは自身の恋人である七松小平太の所属する六年ろ組に来ていた。
普段は小平太がなまえの教室に出向いているためかなまえがろ組に訪問すると云うのは珍しいことで、なまえとあたり親交のない生徒はあの暴君の恋人で数少ないストッパーと云う肩書きを持つなまえが気になって気になって仕方がない様子ではあったが小平太が嫉妬深く独占欲も人一倍強いのは重々承知していたため、遠目からなまえを眺めていた。 

「いるぞ!」

バンッ!と机を叩きながら立ち上がった小平太は嬉しそうににこにこと笑顔を浮かべ机に置かれた教科書等を素早く片付け教室の入り口に立つなまえの側に駆け寄った。 

「これから町に行くんだが、小平太も一緒にいかないか?」 

ゆるりと首を傾げ小平太にそう問い掛けたなまえの服装は普段の緑色の制服ではなくなまえの黒髪によく映える青藤色で纏められた私服で、手元には外出許可がある辺り、本当に出る直前だったことが伺える。
小平太は直ぐにでも着替えて一緒に出掛けたいと言いたかったが言葉が喉元まで出かけた瞬間に級友である中在家との約束を思い出し口を噤んだ。
中在家との約束はもう一週間も前からしており、以前も約束を破ってしまった故に今回は必ず約束を果たさなければならない。
中在家は約束事等には厳しい性格で、今回破れば今後もう二度と約束をしてくれなくなってしまうかもしれない。どうしても、それだけは避けたいことだ。

「…今回は、遠慮しておく。」

意思の強そうな眉を八の字に下げ残念そうにそう返した小平太になまえは目を瞬かせ、どうしたのだろうかと首を傾げるが小平太の後ろでこちらを見つめていた中在家と目が合った瞬間、全てを理解した。以前なまえは中在家から小平太から約束を破られてしまった、苦言を漏らされていたこともあり、改めて取り付けた約束でもあるのだろうと人知れず呟いた。

「そっか、残念だけどまた来週にも休みはあるからそんとき一緒に行こうぜ。」
「態々誘ってくれたのにすまないな、」
「気にすんなよ。長次と約束してるんだろ?」
「あぁ。」
「前回破っちまったからなぁ。自業自得だな。」

そう小平太を揶揄しながら、けたけたと可笑しそうに笑うなまえに釣られて小平太も口を開け笑いだした。
別にそう笑うことではないのかもしれないが、二人にとっては全てが笑顔の要因なのである。

「じゃあ、なるべく早く帰ってくっから。」
「気をつけてな!」
「お土産楽しみにしとけよ!」
「ああ!」

頑張れよ、と手を振りながらその場を去って行くなまえの後ろ姿を小平太は嬉しそうに、けれども残念そうに見送っていた。
少しして近寄って来た中在家に声を掛けられれば小平太はにい、とまた口角を上げ中在家の目を見つめながら言葉を紡ぐ。

「なまえが私に頑張れと言ったので精一杯頑張るぞ!」
「…あぁ。」

小平太はこくりと頷いた中在家に満足したように頷くと中在家の手を掴み急ごう!と急かす。中在家がまた無表情に頷けば二人はその場を足早に去って行ったのであった。

「(なまえに暖かいものでも用意しておこう。)」

きっと鼻先を真っ赤にして帰ってくるであろうなまえが思い浮かんだ小平太は人知れず呟いたのである。










わたし、がんばるね







「天女の護衛だってさ。」
「え…?」

面倒と言わんばかりにため息を吐きながらなまえが発した言葉に小平太は時が止まったように思えた。

普段は沢山の生徒で賑わいを見せる食堂も本日はシンと静まりかえり、時折野外から下級生の楽しそうな声や爆発音などが聞こえてくる。
なまえと二人で出たおつかいが今しがた終わり、荷物などを部屋に置き学園長に会い食堂で腹拵えをしようとすればおばちゃんは用事があるとかで各自作って欲しいとのこと。二つ返事をしておばちゃんを見送ればなまえが茶を淹れ小平太がおにぎりを6つ程作り小腹を満たしていた。
丁度おにぎりを二つ食べ終わった頃、なまえが思い出したように先程の言葉を発したのだ。

「ほんっと、いい迷惑だ。こっちは就活やらなんやらで忙しいっつうのに。」
「……、」
「小平太との約束だってあるのによー、まじ学園長意味わかんねぇ。」
「………だ。」
「小平太?」

小平太の異変に気付いたなまえは首を傾げ心配そうに声をかける。
小平太は顔を上げるとなまえの顔をじっと見つめ泣きそうに、けれど怒ったように声を上げる。

「嫌だ嫌だ嫌だ!なまえがあの女の側に居るだなんて絶対にダメだ!!」

突然のことになまえはびくっと肩を震わせて目をぱちぱちと瞬かせた。なまえのそんな様子を気にも止めず小平太はドンッ、と机を叩き立ち上がる。

「なんでなまえなんだ。あんな女、文次郎にでも任せておけばいいじゃないか。なまえがあの女の側に行ったらなまえが汚れてしまう。私の大切な大切ななまえが汚れてしまう。赦さない赦さない赦さない。私のなまえがあの女と同じ空気を吸うだなんて絶対に赦さない。」

そう言葉を吐く小平太の瞳には殺意以外のものは浮かんでおらず、なまえはゾッと背筋が冷えるのを確かに感じた。小平太はなまえの側まで来るとなまえの瞳をじっと見つめ、赦さない、とだけ呟く。まるで壊れたカセットテープのように、ただただ同じ言葉だけを繰り返す。

「なまえ、」
「…っ!」

ゆらゆらと焦点の定まらない小平太の視線に、ひゅう、と息が詰まる。













「絶対に、裏切らないでね。」




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