失敗なんて今までに何回もしてきた。それこそ、小さな失敗から大きな失敗まで沢山してきた。
その度に悔しくて情けなくて腹立だしい気持ちで一杯になり、今度こそ、今度こそと失敗に失敗を重ねて成功出来るようになった。
自分自身、同年代の者より顔立ちが綺麗だとか、頭の出来が良いだとかは重々理解している。理解しているからこそ、誰よりも優れていなければ嫌だった。
しかし、誰にでも得手不得手があるように自身も全てを完璧に出来る訳ではなく、穴を探せば簡単に見付かるくらいには不完全であった。
周りからの期待や嫉妬に押し潰されそうで、泣きたくて諦めたくて仕方がなかった。
友人にも打ち明けられなかったこと。弱い自分。情けない自分。高飛車な自分。馬鹿な自分。全てが愛しいと優しく抱き締めてくださった先輩。
なによりも大切で、先輩の前でなら、隠し事もせずにありのままの自分でいられるような気がしていたし、そういたかった。
確かに彼女は美しい。きっと町に下りれば独り身の者で彼女を心を奪われない者はいないだろうと云うくらいには美しくお優しい方であった。先輩との仲を心配してくださり、明るく優しい、母上のような優しさを持つ人であった。…今では憎くて憎くて仕方がないのであるが。
これはもう、取り返しのつかない失敗だ。












「なまえ先輩?」

夕方の鍛練を終え汗を流そうと浴場へと足を進めていれば少し離れた場所に、見慣れた人物が普段あまり見ることのない無表情で立っていた。
なまえ先輩の手には先輩の得意とする棒手裏剣が数本握られていて、その横顔は今まで見たこともないくらいにピンと張り詰めた、真剣な表情だった。
どくりと心臓が大きく脈を打つ。あんな真剣な表情を見るのは初めてかもしれない。なまえ先輩はいつだってふわふわとした柔らかい春の陽射しみたいに暖かい笑顔を浮かべているし、怒ったところなんて一度だって見たことはない。
初めて見る先輩の姿を嬉しく思う反面、なんだか少しだけ悲しくなった。

「――ッ!」

スパンッ、と的確に的の中心や枠ギリギリに棒手裏剣を打って行くその姿に心臓が大きく脈を打つ。
かっこいい。
その一言に尽きる。
すっと伸ばされた背筋、きゅっと閉じられた口や、射るように的を見つめる瞳、張り詰めた空気、普段では見られないであろうその姿が、全てがかっこよかった。

「…すご、い。」

自身も戦輪に置いては学年一だと自負している。戦輪で負けたことなんてないし、先輩にだって勝ったことは幾度となくある。
けれど、的を外すことだって無いわけではない。失敗だってする。だから練習をする。もっともっと上達するために、自身が美しくあるために練習をするのだ。
そして今あの先輩を見て、もっともっと練習をしなければならないと改めて思ったのだ。
もっともっと練習をして、誰にも負けないくらいに美しくならなければならない。まあ、元からの美しさもあるが、限界など存在しない。

「…滝夜叉丸?」
「っはい!」

不意に振り向いたなまえ先輩は吃驚したように目を瞬かせていた。
自身が返事をすると少しして嬉しそうにふにゃりと破顔させてそっちに行ってもいいかい?と首を傾げられた。年の割りに幼い動作をなさる先輩に愛らしさを感じながらも快諾の意を示す。すると先輩はまた嬉しそうに笑い小走りで自身の側に寄ってきた。

「…お風呂上がりか。良い香りだね。」
「ありがとうございます。先輩は梅の香りがしますね。」

今日は梅酒を作っていたからね、と続けた先輩からは甘くて酸っぱい香りがした。確か先輩は実家が酒屋であったとふと思い出す。

「完成したら一緒に飲もうね。」
「いいんですか?」
「当たり前じゃないか。」

くすくすと綺麗に笑う先輩にまた胸が暖かくなる。
私はまだあまり酒を飲んだことがなく直ぐに酔ってしまうためあまり長くは一緒に飲めないが、側で、二人で居られるだけでも嬉しく思う。

「…それじゃあ私はお風呂に行ってくるね。滝夜叉丸も風邪をひかないように早く部屋にお戻り。」
「…わかりました。お気遣いありがとうございます。」

寂しい。まだ先輩と話していたい。しかし先輩に迷惑をかけるわけにはいかないのだ。先輩とはまた明日話せるじゃあないか、先輩はお疲れなのだ。そう言い聞かせながらにっこり得意気に笑って返事をする。
わたしの返事に満足そうに頷いた先輩はあ、と小さく声を上げると私の耳元に顔を寄せ楽しそうに言葉を紡いだ。

「…お夕飯が終わったら、私の部屋においで。」
「っはい!」

しゅんと下がっていた気持ちがまたぶわりと上がり頬に熱が集まる。ああ、嬉しい。
立ち去る先輩の背中を眺めながら今日は何を話そうかと考える。テストで満点をとったことか、町でご老人から美しい顔立ちと褒められたことか、最近見つけた景色の綺麗な場所か。何を話そうか、ああそうだ、全て話してしまおう。
先輩には、私の全てを知って戴きたいのである。




あなたに一番に報告したくて






「おかえりなさい、なまえ先輩!」
「ふふ、ただいま、滝夜叉丸。」
「お怪我はありませんか?」
「ああ、大丈夫だよ。」
「それは良かった。」

その凛々しい眉と涼しげな目元をふにゃりと下げ、心底安心したように、それはそれは可愛らしく笑う滝夜叉丸の頬を傷付けないようにそっと優しく撫でる。
滝夜叉丸は気持ち良さそうに目を細めるもはっとしたように目を開いては頬を淡く色付け私の手をそっと離した。
どうしたのかと首を傾げるが後ろから感じる慣れた気配に一人で納得しながらもだらしなく緩んだ口元を戻すことはできなかった。

「なまえ、邪魔をして悪いが小平太を見なかったか?」

名を呼ばれゆっくりと振り向けばそこには自身の同輩である食満留三郎がどこか疲労を含む表情で立っていた。

「小平太?いや、見ていないよ。どうかしたのかい?」

ゆるりと首を振りそう返せば留三郎はそうか、と溜め息を吐きゆっくりと口を開く。

「学園長が小平太を探しているらしいんだが、見つからなくて。」
「…それは困ったね。」
「長次はなまえが知っていると言うし。」
「わたしがかい?」
「ああ。」
「はは、長次も面白いことを言うね。」
「全くだ。」

肩を竦めるながら笑えば留三郎も同意し、小さく笑う。隣の滝夜叉丸はほんの少しだけ緊張したように姿勢を正しており、何だかとても愛らしく思える。

「悪いが小平太が何処に居るかはわからないな。見付けたら矢羽音を飛ばすよ。」
「頼む。」

邪魔して悪かった、と小さく手を振りながらその場を去る留三郎を見つめていると、滝夜叉丸が自身の制服の袖口を小さく引いた。

「どうしたんだい?」
「あの、いや、別に…。」
「…はは、相も変わらず、滝夜叉丸は可愛らしいね。」

ふにゃりと下がる目元。胸の奥がぽかぽかと暖かくてとくりとくりと脈を打つ心臓が酷く愛しい。

「…そうだ、昨日から事務員さんが増えたそうだね。」
「あ、はい!とてもお美しい方なんですよ。」
「へえ、それは素敵だね。」

きらきらとした笑顔でそう言う滝夜叉丸に違和感を覚える。滝夜叉丸はこんなにすらすらと人を褒めたりはしなかった筈だが、どうしたのだろうか。どうも嫌な予感がする。

「今食堂に居られるので、着替えが終わったら会いに行きましょう!」
「……。」

嫌だ嫌だ嫌だ。
会いになんて行きたくない。風呂に入り着替えが終わったら滝夜叉丸と二人きりでゆっくりして、それから伊作たちと夕飯を食べに行きたいのだ。今まではそうだった。これからもそうだと思っていた。滝夜叉丸が私以外にこんな表情をするのなんて許せない。私の可愛い滝夜叉丸は私が笑わせてあげるのだ。全て全て、私が彼に表情を与えたいのだ。

「…先輩?」
「……うん、行こうか。」

大丈夫、大丈夫。
何を不安がる必要があるんだ。ただの女1人。要らなくなったら捨ててしまえばいいだけさ。




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