天女サマが好きか嫌いかと問われれば、多分好きだったんだと思う。
ふわふわとした柔らかな髪を揺らし白く雪のような肌を淡く染めくりくりとした亜麻色の瞳を三日月形に変え、赤く形の良い唇で半弧を描く、華奢で愛らしく、綺麗な天女サマに憧れていたのだと思う。
このご時世、天女サマのように綺麗な人なんて滅多に居ないだろうし、自分たちはもう汚れてしまったから、綺麗で純粋な天女サマに憧れて欲して絶望していたのだろう。二度とあの頃のように純粋で綺麗な自分にはなれなくて、ふにふにとした柔らかい手や傷一つない体に艶やかな髪や幸せそうにふにゃりと笑う姿にあの頃を思いだしては戻りたいと心の隅で願い、もう二度と戻れないと理解して絶望する。あの眩しい輝きが懐かしくて、欲しくて、届かなくて。ならばせめて綺麗なものを側に置いておきたいと、願ってしまった。










「ふっしきぞー。」
「なまえ先輩じゃないですかぁ。」
「久しぶりだな。」
「最近は忙しかったですもんねぇ。」
「ごめんな、なかなか来れなくて。」
「いえ、なまえ先輩がぼくを忘れないでいてくれればそれでいいです。」
「伏木蔵ったらすっげぇいい子。俺伏木蔵と結婚する!」
「当たり前ですよう。」

相も変わらず顔色の悪い伏木蔵を力一杯抱き締めれば、伏木蔵はなんだかよくわからない言葉を発しながらもその小さいふにふにとした紅葉形の手を自身の背中に回しぎゅう、と抱き締め返してくれる。
自身よりも小さく短い手を必死に伸ばし抱き締め返してくる姿が愛しいのなんの。
時折嬉しいそうに笑いつつも「届けっ!」と溢すこの小さな恋人は何れだけ自身を落とせば気が済むのだろうか。計算なんてしていないだろうにしろ、この愛らしさは犯罪である。

「あ、そういえば三反田数馬先輩が宿題について聞きたいだのどうの言ってましたよぉ。」
「まじ?つか数馬何処行ったんだ。」
「まじですう。先輩はトイペの補充に行きましたよ。」
「そっかそっか。まあ恐らく理解のプリントだろうな。」
「理解のプリント?」
「ああ。今回の理解のプリントはさ、ちょっと難しかったんだ。い組でもちょっと躓いていたから、は組は解けないだろ。」

けたけたと笑いながらそう言えば伏木蔵も可笑しそうに笑う。
少しばかり数馬及びは組には失礼なことを行ってしまったがこればっかりは事実なのでどうしようもない。もし怒ると言うならば伏木蔵の笑顔の代償となったのだと言ってやろう。礼儀に厳しい数馬は割りと後輩思いなので渋々だが引いてくれるだろう。まあ、数馬が怒るなんて滅多にないのだけれども。

「今度ぼくの宿題見てくださいね。」
「伏木蔵の宿題なら何時でも大歓迎だ。しかし限界までは自分で考えろよ?」
「はあい。」
「うん、いい返事だ。」

にこにこと笑えば伏木蔵もにこにこと笑う。
顔色が悪いのはまあデフォルトだ。顔色が悪くない伏木蔵なんて伏木蔵じゃない。このちょっと根暗でスリルとサスペンスをこよなく愛する伏木蔵だからこそ可愛いんだ。顔色が悪いまま可愛らしく微笑む伏木蔵だから綺麗なのだ。

「そうだ伏木蔵。今度一緒に川へ行こう。」
「川?この時期にですか?」
「ああ。落ち葉が水面を彩って凄く綺麗なんだ。俺しか知らないし、教えたくはないのだけれど、伏木蔵にはどうしても見せたくって。」
「嬉しいですう。」
「よかった。今度の休日なんてどうだろか。おばちゃんにお握りを作ってもらって朝から出よう。綺麗な景色を見ながら食べるお握りは格別だ。」
「そうですねぇ。」

多分そこに辿り着くまでに何度も転んで何度も怪我して何度も溜め息を吐くのだろう。下手をすればお握りとさよならする可能性だってある。悲しいことにこれば不運委員会基保健委員会の定めなのだ。
しかし、伏木蔵と見るあの美しい景色は一人で見る景色よりも何倍も何百倍も美しく見えるのだろう。愛しい人と過ごす時間とは、無条件に美しいものとなるのである。

「さてと、お話はここまでにして包帯を巻こうか。俺も手伝ってやるから早く終わらせてお茶にしよう。飛び切り美味しい茶菓子を用紙したんだ。」
「楽しみですねえ。」

ふにゃりと笑う伏木蔵の形の良い頭を二、三撫でてやれば気持ち良さそうに目を細めるものだから、もっと撫でていたいと思うも早く終わらせようと言った矢先にぐだぐだとさしてられないと意識をぐっと固め伏木蔵の頭から手を離し包帯を巻いていく。
この何年間ですっかり慣れてしまった包帯巻きはかなりスムーズに進み、時が経つのは早いもんだなあ、としみじみ思う。

「なまえ先輩、大好きです。」

不意に手元の包帯から視線を外し顔を上げてそう言った伏木蔵に一瞬言葉を失うも胸の奥がどくりどくりと暖かく脈を打ちゆるりと無意識に口許が緩む。

「、俺も伏木蔵大好きだよ。」
「そーしそーあい、ですねえ。」

顔色の悪い伏木蔵の頬がほんのりと淡く色付くのを見て、この小さな恋人がどうしようもなく愛しく思えた。








ごめんほどけちゃった







「っ天女サマだ!」
「はあ?」
「…?」

バタバタと足音をたてながら行儀悪く襖を開けた隣の組の左門に顔が歪むのがわかる。
基本的に保健委員会はそこそこ礼儀とかそこらへんには厳しめなのでこんなに雑に襖を開けられたら不愉快極まりない。そして保健委員会は不運委員会とも言われているので襖がうったり外れて倒れた先に伏木蔵やその他保健委員が居て怪我をする可能性だってある。危険としか言いようがないが残念ながら保健委員会としては通常運転だ。

「…左門、もう少し静かに入って来い。」
「それはすまない!そんなことより聞いてくれ!天女サマが舞い降りてきたぞ!」
「はいはいわかったから作兵衛が来るまで大人しくしてろ。」
「流すな!」
「天女サマなんて馬鹿馬鹿しい。」

はあ、と溜め息を吐きながらそう言えば左門はむっと顔を顰めて俺の頬をむぎゅう、と思い切り抓りぎゃあぎゃあと叫ぶように声を出す。

「馬鹿馬鹿しいとは何だ!天女サマは凄く綺麗でお優しい方なんだぞ!それに家族からは嫌われていたのに、家族を悪く言わないでと仰る。天女サマを罵倒するなら赦さないからな!」
「…ひゃへせよわは。」
「なんだ?」
「…はなせよばか、と仰ってますよ。」

伏木蔵が通訳をしてくれたお蔭で左門は手を離してくれたが左門も馬鹿みたいに強い力で思い切り抓られたら痛くない訳がなくて、頬がじんじんと地味に痛い。ちょっとばかり涙が浮かんでしまった。
伏木蔵にお礼を言って再び左門に視線を向けるとこれ以上天女サマを悪く言うのは赦さないと表情が語っており、益々溜め息を吐きたくなった。
天女サマなんてのは信じてない俺からしたら、本当に凄くどうでもいい話だ。しかし、家族から嫌われると云うのが本当ならば、それは可哀相だと思う。…保健委員会として、精神的面で話を聞いた方がよいのだろうか。

「…なまえ、先輩?」
「……伏木蔵、終わったら少し天女サマを見てくる。直ぐ戻って来るからな。」
「…はあい。」

少し不満気ではあったがちゃんと返事をしてくれた伏木蔵をもう一度撫で、左門に隅にでも座っておくように指示して出来上がった包帯を手に取ると、ぽふっ、と小さな音をたて床に転がった包帯になんだか嫌な予感がした。

「………、」

なんだか不安だ。
早く終わらせよう。そして伏木蔵と美味しい茶菓子を食べよう。もし乱太郎たちを見かけたら乱太郎たちも誘って楽しくお茶をしよう。左近の煎れるお茶は美味いから、きっと落ち着くはずだ。




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