その日、私とドラコは喧嘩した。

ドラコが私のぬいぐるみを盗ったのが悪いのに、お父様は私を酷く叱った。

私は悲しさと悔しさで家から飛び出した。


最初は、はやく、はやく家から遠ざかろうと走った。

次第に呼吸が乱れ、川沿いをゆっくりと歩いた。

気が付けば見知らぬ橋本に着き、向日葵が咲き誇る景色を見て私はそこに座り込んだ。


「お父様もドラコもきらい」

自然に出たその言葉にまた涙が溢れた。

ボーッと広がる向日葵の黄色を見ていると、視界に赤色が広がった。

「どうしたの?」

いきなり話し掛けてられ驚き、赤に焦点を合わせれば私と変わらないぐらいの年の男の子がいた。


「なんでもないわ」

「でもキミ泣いてるよ」

「なんでもないの、あっちへ行って」

俯いて拒絶を見せたのに男の子は私の隣に座った。

なんで、こんな時に限って


私は男の子を睨み付けた。


「そんな恐い顔しないでよ」


男の子は困ったように笑った。


鮮やかな赤い髪が綺麗だと思った。

「放っておいてよ」

「泣いてる女の子を放っておくのは紳士じゃない」

「私の知ってる紳士は親切を押し付けるような人じゃないわ」


ふんっと冷たく言えば男の子はおどけてまた笑った。



「こりゃ参ったなぁ、ジニーより手厳しい」

「ジニー?」

「僕の妹さ」


男の子にも兄妹がいるらしい。

それを聞いて私はドラコを思い出し、また涙が出た。


「私も、弟がいるわ、大嫌いな」


大嫌いだと言えば男の子はキョトンとどうして?と聞いてきた。


だからつい、今日起こった経緯を全て男の子に話した。


「他にもぬいぐるみならたくさんあるわ、でも、あのクマのぬいぐるみはお父様がくださったのよ、初めて、私に、お父様が…なのに、お父様は私を、」


話してるうちにまた涙が溢れた。

ドラコはズルい。

私が欲しくても持てないモノを持ってるくせに、私のモノを欲しがる。

お父様は酷い。

ドラコが悪いのに、私は悪くないのに、必ず私を叱る。

私は必要ない子。


「みんな、きらい、大嫌い」

吐き出すように言えば男の子が笑った。


「そんなの僕の家じゃ良くあるよ、むしろ当たり前の事さ」


その言葉に驚き男の子の顔を見れば不満を漏らしながら幸せそうに笑ってた。

よく笑う子だ。

「なんで自分が弟より先に生まれたかわかる?」

男の子がハンカチで私の涙を優しく拭いた。


「わからないわ」

先に生まれたから私はこんな辛い思いをしてるんだもの。

私はきっと必要ない子なんだわ。



「弟を守るためだよ」


守る?

私が、ドラコを?


「だから先に生まれて来たんだ、僕だってたまに兄弟と喧嘩するよ。でも、やっぱり僕のほうが上だから、僕が我慢しないと。それになんだかんだ言って可愛いよ」


私はお父様やお母様に認められるためにドラコをきちんと見た事がなかった。


ズルいと決めつけてドラコ自信を認めなかった。


認められない辛さは私が一番知っているのに

私は


「ドラコ、」


帰ったら謝ろう。
そして、きちんとドラコを見よう。


「やっと泣き止んだね」


男の子が私の手に何かを握らせた。
見てみればネックレスだった。


質素なネックレスだが深紅に輝く石が、まるで男の子の赤い髪のように綺麗だった。


「これ…」

「あげるよ」

「…え…?」

「本当はジニーにあげるつもりだったんだけど、ジニーにはまだ早いし」

「だ、ダメよ…、申し訳ないわ、」


私が慌てて変えそうとすると彼は立ち上がった。

「いいんだ。それに僕はキミに持ってて欲しい」

さらりと私の髪を撫で、彼は走り出した。

「っ…待って…!貴方の名前は…」

「―…××…さ!」

「…××……。」

あっという間に赤は黄色に消えていった。
赤いネックレスを握りしめ、私も帰路についた。

家に帰れば泣きじゃくったドラコが抱き付いて来て、さらにお母様が私を抱き締めた。

お父様にはまた叱られてしまったけど、あんなに狼狽えたお父様は初めて見た。


私は皆に必要とされている。

自然と、また涙が溢れた。


「あねう、え、泣かないで」

自分だって泣いてるのにドラコは私の心配をしてくれる。


「嬉し涙よ」

私が笑えば、ドラコもニッコリと笑った。




陽炎の記憶


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