ブツブツと文句を言うゼノ様から遠ざかり、私はイルミ様のもとへと向かう。途中、同じく試合を観戦していたシルバ様とキキョウ様たちが屋敷へと引き上げるところへかち合った。キキョウ様は私を見ると、いそいそと近づいてくる。

「リア、またイルミが勝ったわね!」

握った拳を上下に振って、嬉々と声を響かせるキキョウ様は、自慢の息子の活躍に親馬鹿そのものである。
ご自分で相手を見つけてきたくせにやはりイルミ様にまだ結婚して欲しくないのだろう。




主君とその奥方の前に私は片膝をついた。

「……はあ」

喜んで良いものかどうか、私は迷う。あの頭の軽そうな女が、イルミ様の婚約者にならずに済んだことは良かったかもしれない。人間、顔じゃないと思う、しかし少なくとも私より劣っている娘が、私が丹精こめて育てたイルミ様の嫁になるなど、腹立たしい。もし娘が勝っていたら、闇夜に乗じて私が抹殺していてしまうところだった―― 失礼。つい本音が漏れてしまった。

しかし、イルミ様が勝ち続けるということは、シルバ様達のお望みを叶えられない。

「早く孫を抱きたいわ、どうかしらね、リア?」

と、ことあるごとにキキョウ様は私に言ってくる。耳にタコができそうなくらいだ。

そんなものだから私とゴトーは、イルミ様の嫁探しが上手く行かなければ、首が飛ぶんではないかと冷や冷やしているところだった。まあ、キキョウ様自身がその命を飛ばすことはないと思うがこの家で――いや、この大陸でゾルディック家の反感を買っては、さすがの私も生きていける気がしない。大袈裟だろうと思われるだろうが、マジです。本当。

ハンターをしていた父を亡くし、既に母や弟も亡くして天涯孤独に陥り、路頭に迷いマフィアの下っ端や便利屋で何とか食い扶持を稼いでた幼い私をゾルディック家で引き取るよう采配してくれたのが、他ならぬシルバ様だ。

父は念能力者との戦いに敗れ死んだ
根っからのA級首ハンターであった父の血筋もあったのだろう。幼い頃から念能力を教えられ育ったので、私の腕はメキメキと上達し、いつの間にかゾルディック家の執事で一番腕のたつ執事になっていた。

そんな私をイルミ様の教育係にとりたててくれたのも、シルバ様だ。身分わけ隔てなく、才能のある奴を徴用する。


だからこそ、シルバ様のご期待に添えない、もしくは裏切れば、待っているのは死だ。



「…しかし困ったな。リア?」

シルバ様が片膝をついた姿勢の私の前に、同じく片膝をついて座り込み、目線を合わせてくる。

……ああ、銀色の瞳が鋭く私を射抜く。本人にその気は無いのだろうけれど威圧感のあるその視線に思わず背筋がゾクッとした。


「はい、シルバ様」

「俺はいつになったら、孫を抱ける?」

こちらを見守っているキキョウ様の視線が、どっかりと私の肩に乗ってくる。うあああ、もう。ここで下手なことを言おうものなら、減給は必至。下手すれば、食事を抜かれるかもしれない。武術関係には向かうところ敵なしの私だが、食生活に手を出されると勝てません。負けです、降参。

「……近いうちに」

私はそっと息を吐くように、告げた。近いうちって、いつだよ? と、ゴトー辺りが聞いていたら突っ込みを入れそうだが、これ以上の明言は無理だ。

とにかく私に出来ることは、イルミ様に妥協させることだろう。何も相手がイルミ様より強くなければならない理由はどこにもない。結婚の条件は、イルミ様に殺されないことだ。

つまり、イルミ様がその気になれば相手を殺さなければいいだけのこと。

シルバ様がイルミ様の嫁探しの条件に、それを掲げたのは、他でもない。イルミ様に選択権を与えるのが目的だった。

イルミ様を溺愛するキキョウ様が、イルミ様に結婚を無理強いするはずがない。イルミ様の勝利を無邪気に喜ぶキキョウ様は、イルミ様の強さを信じ切っているのだ。

そしてイルミ様に勝つという条件は、各国から申し込まれる見合いを穏便に断るためでもある。どの国も同じ条件であるのなら、相手方も黙って引き下がざるを得ないだろう。何しろ命より大切なモノは無いのだから

勿論、本当に同じ条件かと言えば、先に言ったようにイルミ様に好かれさえすれば、結果を変えられる。

ようは如何にイルミ様に好かれるかだ。それが真の条件。

そして現在、イルミ様に好かれた者はいない。相手の力量を見極められず、実力も伴わないまま勝負に挑む様な女が、イルミ様のお眼鏡に叶うはずがないのだ。

「それは本当か、リア」

シルバ様の目がギラリと光る。怖い。怖過ぎます、シルバ様……。

「ええ……恐らく……」

イルミ様はあのように熱を持たない闇人形と育ったが、無情で手に負えないかと言えば、そうじゃない。ただ、実力が伴わない無能な女が嫌いなだけだ。甘い声を出して、媚びるような視線でイルミ様を『落とそう』とする頭の軽い色欲狂な女が嫌いなんだ。

まあ、そういう人間はイルミ様に限らず、誰もが嫌うところだろう。

イルミ様の理想が高すぎるというわけじゃない。イルミ様の理想に周りが追いついていないだけだ。その辺りに少し折り合いをつけて頂いて、だな。

「それは楽しみだ、リア」

「……はぁ……」

背筋に大量の汗が流れる。イルミ様に妥協して貰えれば、まあ嫁探しも難しいことではないはず。で、あるが……うん。

「期待しているからな」

シルバ様が私の肩を機嫌よく叩いて、去っていく。その後に続くキキョウ様が、「わかっているでしょうね」と念を押すように俺を睨んで背を向ける。

私はその場に突っ伏しそうになるのを堪え、イルミ様が引き揚げた自室へと向かう。まだ倒れるな、私。本番はこれからだ。


カラクリ人形に感情などないのに

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