【同人誌サンプル】心震わす声はキミだから!



◆サンプル1
「雨上がりの声が聞きたい」
   〜RIKU's talking voice

「おはようございます! IDOLiSH7の七瀬陸、入りま〜す!」
 某テレビ局のとあるスタジオに、清々しい声が響く。その声に、音楽番組の収録の打ち合わせをしていたIDOLiSH7のメンバーたちやプロデューサーが振り返った。
「お、来たなリク。早くこっち来い!」
 大和が手招きした方へ陸が駆け寄る。陸は一人、直前まで別のCMの撮影をしていたのだった。
「遅れてすみません……!」
「いいよいいよ七瀬くん、もともと君の予定は織り込み済みだったからね。ほんとにIDOLiSH7も忙しくなったよね」
 プロデューサーが鷹揚に頷いてくれたのに、陸は嬉しそうな笑顔で返した。
「ありがとうございます、プロデューサーがお仕事くれるおかげですよ」
「いやいや、とんでもない! ミスター下岡も言ってたけど、IDOLiSH7が……特に七瀬くんの声が入ると現場の空気が明るくなるんだよね。こう、疲れて淀んだ雰囲気に、晴れ間が見えるっていうかね。だから番組のイメージの向上にも助かっているんだよ」
「えへへ……そうですか。ありがとうございます」
 陸が照れ笑いを浮かべて、スタジオに和やかな空気が流れる。そこへ口を挟んだのは一織だ。
「そうですね、それが七瀬さんの数少ない取り柄ですから」
「一織……またそういうこと言う」
「というわけなので、全員揃ったことですしプロデューサー、打ち合わせの続きをお願いします」
 強制的に話を元に戻した最年少メンバーの一織に、プロデューサーも苦笑いを浮かべざるを得ない。
「あはは、弟の和泉くんは本当にしっかりしてるね。じゃあ、今日の収録についてだけど――」

 ひとしきり打ち合わせを終え、IDOLiSH7は楽屋へ戻ってきた。これからライブの収録まではしばらく空き時間だ。さっそくスマホをいじり始めたナギと、持ち込んでいたお菓子を食べ始めた環をよそに、三月が言う。
「マネージャー! 今日の番組っていろんな人が来るんだろ? 挨拶しといた方が良くないか?」
 三月の言葉に、マネージャー・紡がこくりと頷いた。
「そうですね、今日の収録は二時間スペシャルというのも相まって、かなりたくさんの方がいらっしゃるんです。初めてお会いする大御所の方もいますし……」
「それなら決まりですね、私たち全員で行くべきです」
「えー、みんな行くのかよ?」
 一織が頷くと、さっそく環が不満そうに口を曲げた。それを壮五がたしなめる。
「そうだよ、みんなで行かないと僕らの印象が悪くなるんだし」
「とはいえ、これだけのゲストの数ですと全員で行ってしまうと時間がかかってしまいます」
 紡が出演者リストを机の上に置いたので、それをみんなで覗き込む。途端、真っ先に嫌そうな声を上げたのは大和だ。
「マジかよ……わりと多いな」
「ですので、二人一組で手分けしていきましょう! そんなにご挨拶の時間も取れないですから」
「だろうなあ。どうやって決めっか?」
 三月の問いかけに、IDOLiSH7のメンバーたちは顔を見合わせた。そして。
「――私は六弥さんとですか」
「OH、イオリよろしくお願いします」
 結局グーパージャンケンで挨拶回りの組み合わせを決めたIDOLiSH7だった。なぜか握手を求めてくるナギを適当にいなしながら、一織は他の組み合わせを確かめる。
「他は……兄さんと逢坂さん、二階堂さんと四葉さん。まあ、いいとこに落ち着いたんじゃないですかね。……七瀬さんとマネージャーのところだけがなんだか心配ですが」
「? マネージャーがいるのにどうしてですか?」
「あの二人だとツッコミがいないじゃないですか。何か失礼をした時にフォローが難しいのではと思いましてね。……七瀬さんはすぐ声に出ますし……」
 眉をしかめる一織に何を思ったか、ナギはどこか愉快そうに微笑んだ。
「リクは愛される声に、愛されるキャラクターを持っています。だから、多少の失礼くらいはノープロブレム。プロデューサーも言っていましたが、リクの明るさは太陽と同じ、どんよりした空気を吹き飛ばす力を持っていますから。……そのことは、イオリが一番よく知っているのでは?」
 といって、ナギが意味ありげにウィンクを投げてよこす。
「……まあ、否定はしませんけど」
 一織はしぶしぶ頷いた。その点についてはさっき自分でも陸の取り柄だと言及したばかりだ。それでも気になってしまうのは、ひとえに陸が持っている天然さと、一織自身が陸に特別関心を持っていることに由来するのだが。
「じゃあ、行ってきまーす! また後でね!」
「皆さん、よろしくお願いします」
 一織の心配をよそに、当の陸と紡が先陣を切って楽屋を出て行く。ワタシたちも行きましょう、と声を掛けられ、一織もナギと連れ立って楽屋を出たのだった。
 そして約三十分後。
 挨拶回りに出ていたIDOLiSH7は三々五々、楽屋に戻ってきた。
「は〜疲れた。お兄さんしばらく寝てもいい?」
「おー、俺も寝たい」
「お前ら……本当にちゃんと挨拶できてたのか?」
「いやあ大変だったよ、タマが天然で地雷踏んでくんだもんな」
「ええっ!? す、すみません大和さん、環くんが迷惑を……」
「何であんたがいちいち謝んだよ」
 先に戻っていた面々の会話を眺めた一織が思わずこめかみを押さえると、隣でナギも苦笑を浮かべた。
「Hum... 平常運転ですね。何よりです」
「何が『何より』なものですか……」
 この分だと七瀬さんとマネージャーの方はどうなのだろう、一織がそう思った時、三月が声を上げた。
「なあ、そういや陸とマネージャーは? 遅くないか?」
「ん? ああ、確かに帰ってきてないな……あの二人、どこへ行ったんだっけか」
 大和はテーブルの上に置きっぱなしになっていた、紡が持ってきた出演者リストをもう一度覗き込んだ。そして陸と紡の割り当てを見て、うえ、と声を漏らす。
「マジか。こいつかあ……」
「……二階堂さん、何か問題でも?」
 あからさまに嫌そうな顔をした大和が気になって、一織が話しかける。
「いや、問題っつーか、なんつーか」
 大和が言い淀んだその時、楽屋のドアが開いた。
「ただいま戻りました! 遅くなってすみません……!」
「ただいま〜!」
 紡と陸が戻ってきたのだ。楽屋のそこかしこからお帰り、と声が上がる。陸にプリン味のチョコを渡しながら、環が訊ねた。
「りっくん、どうだった? 怒られたりしなかった?」
「あ、環ありがとう。……うん、平気だったよ! みんな親切だったし」
 にっこりと笑ってチョコを受け取った陸だったが、会話を聞いていた一織はふと覚えた違和感に眉をひそめた。
「七瀬さん、お帰りなさい。……本当に大丈夫でしたか?」
「なんだよ、一織まで! 大丈夫だよ、ちゃんと挨拶してきたもん。ね、マネージャー」
「あ、はい……っ」
 陸が振り向いて同意を求めると、紡は大きく頷いた。
「そうですか? ならいいんですけどね……」
「あーっ、信じてないな? ホントに大丈夫だって、後で他の出演者さんに聞いてよ!」
 ばしっ、と一織の肩のあたりを陸が叩く。
「ちょ、痛いじゃないですか!?」
「だって一織が信じてくれないんだもん!」
 かと思うと、陸はトイレ! とわざわざ叫んでまた楽屋を出て行ってしまった。
(……本当に大丈夫なんですかね)
 陸はああ答えていたが、何か不自然さを感じる。大和が出演者リストを見て苦い顔をしていたことが引っかかっていたし、楽屋を出て行く陸を見送った紡の心配そうな視線も気になった。
 ――まあ、七瀬さんが大丈夫だと主張するなら、敢えて深く突っ込むのはやめにしますか。
 収録の時間はもう目前まで迫っている。ここは陸の言葉を信じることにして、頭を仕事に切り替えた一織だった。

 + + +

◆サンプル2
「この鮮烈なる光を彼方まで」
    〜RIKU's singin voice

「ねー、すっごいよくない?」
「うん……確かに。いいね! えーっと、アイドリッシュセブン……だっけ?」
 街中で交わされる女性二人の会話に、私はつい耳をそばだててしまう。
「……なあ、オレたちのことだよね? 今喋ってるの」
「しっ」
 隣を歩く人に裾を引かれたのにしかめっ面を返しつつ、真剣に女性二人の会話に耳を傾ける。IDOLiSH7のメンバーにして、陰でプロデュース業にも勤しんでいるパーフェクト高校生であるこの私、和泉一織としてはこんな他愛ないおしゃべりも聞き逃すわけにはいかない。
「ダンスもかっこいいし! まだ売り出し中みたいなんだけど」
「とてもそんな風に見えないね……あ、でも確かにお客さんすっごい少ない」
(……また、例の動画ですか)
 ひっそりと私はため息をついた。どうやら二人が話題にしているのは私たちの最初のライブ……観客が九人しか来なかったあの野外ライブの動画らしい。本当は色々な意味で権利侵害なので、速やかに削除申請をすべきところだが、こうして話題にされているうちはなかなかそうもいかない。何しろ私たちは、メジャーデビューさえままならない弱小グループなのだ。
 だが、それでも。
「あっ――この子、歌……!」
 その呟きに、私の口元にはしめたとばかり笑みが浮かぶ。
「でしょ!? すっごく上手いでしょ!?」
 片方の女性の声色は、どこか自慢げだった。
「七瀬陸くんっていうんだけど!」
 ねえ、とまた裾を引かれたのを私は手で押しとどめた。万が一この人が騒いで見つかったら大変だ。彼こそが、彼女たちが噂する『歌の上手い子』――IDOLiSH7のセンター・七瀬陸なのだから。
 彼の類希なる、流星の光の如く鮮烈な唯一無二の歌声さえあれば、今は弱小アイドルグループのIDOLiSH7も、いずれアイドルシーンの頂点に立てる。私はそう固く信じている。
「すごいね、聞き惚れちゃう……!」
「でしょでしょ! これを聴いて欲しかったのよ〜」
「IDOLiSH7かぁ……いいね、応援してみよっかな!」
「やったー、仲間が増えた!」
 ここらが潮時だろう。七瀬さんの腕を引いて、私は彼女たちから距離を取った。人混みに紛れ、彼女たちの声が遠くなる。やがてそれが完全に聞こえなくなってから、私はやっといつの間に止まっていた息をついた。
「す、すごいな一織……! オレ、どきどきしちゃったよ」
 ほぼ同時に浮かれた声がしたので横を向くと、当の七瀬さんがやっぱり緩み切った笑顔を浮かべていた。まったく、街中でだらしない顔をして――かわいい人だな。
「まあ、とりあえず良い方の噂でよかったですね」
「えへへ……ああいう風に言ってもらえると、嬉しいな! すごくやる気出てきたよ!」
 うん、と大きく頷く七瀬さんを、私は眩しいような気持ちで見る。――そうです、その意気です。あなたがそうだからこそ、私はあなたを売り出す為に邁進できるんですよ。
「それなら、早くスタジオへ行きましょう。浮かれ過ぎないで蹴躓かないでくださいよ」
「あっ、すぐそういうこと言う――わぁっ!?」
 ああもう、予想通りだ。お約束のように転びかける七瀬さんの腕を掴んでやる。……こういうのにもすっかり慣れてしまいましたよ、おかげさまで。
「な、なんだよ……別に、浮かれたからじゃないからなっ!?」
「七瀬さん……全っっ然、言い訳になってないんですが」
「言い訳じゃないもん、事実だもん!」
 と、ぎゃーぎゃー言い始める七瀬さんの言葉を右から左に受け流す。――本当に十八歳なんですかねこの人は、小学生と反応が変わらないんですけど。
 けれどよくも悪くも、これが七瀬さんだ。幸いにも、彼のドジっぷりは愛嬌のあるキャラクターとして世間に受け入れられつつある。並外れた歌声とのギャップも受けているはずだ。
 この調子で、七瀬さんの声が人々に伝わっていけばいい。もし、IDOLiSH7という名前が忘れられてしまったとしても、七瀬陸の歌声だけはみんなに覚えていてもらいたい。
 そんな気持ちで、私は今日もまだ見ぬ輝かしい未来に向けて一歩一歩進んでいる。そのはずだった。

「こんにちは――! IDOLiSH7です!」
『きゃあああっ……!』
 ライブハウスが黄色い悲鳴で満たされた。既に開幕一番で『MONSTER GENERATiON』を歌ったばかりなので、会場のテンションは有難いことに最高潮だ。各メンバーの名前を呼ぶ声がばらばらと響く中挨拶を済ませ、次の曲に入る。
「次はね、オレと一織のユニットソングだよ!」
 再び歓声が上がる。この時もう他のメンバーが捌けているから、七瀬さんの隣に立っているのは私一人だ。
「『Fly away!』って言います! オレも一織もこの歌大好きだから、みんなも好きになってもらえたら嬉しいな」
 だよね! と、七瀬さんがくるりとこちらを向く。
「っ……」
 その瞬間、ぐらりと足元が揺れた。
 MCの言葉通りの、七瀬さんの顔の嬉しそうな顔しか見えなくなって、私は今どこに立っているかを忘れてしまった。
「え、ええ……そうですね。多少、歌詞には誇張のきらいがありますが」
 それでも、いつもの言い回しでなんとか冷静さを取り戻す。言葉のキレが悪いのが自分でも分かったけれど、それでも案の定七瀬さんが頬を膨らませた。……ちょっと、そういう表情するのやめて欲しいんですけど。
「あー! また水差すようなこと言う!」
「それでも、私もこの歌が好きですよ。……歌詞の通り、皆さんも私たちと一緒に、さらなる高みまで飛んでいきましょう」
 同時にまたも上がる歓声。どうですか、ちゃんと盛り上がったでしょう。七瀬さんの方を見やると、彼は一瞬呆けたように目を丸くしたあとで。
「……えへへっ」
 輝かんばかりの笑顔を弾けさせた。それを合図に、『Fly away!』のイントロが流れ始める。
 規定の位置につこうとステップを踏みながら、私はまた七瀬さんの方を見てしまった。けれど、もう七瀬さんはこちらを見ていない。目を輝かせてステージを見つめる観客の方へ手を振っている。笑顔を、振り撒いている。
 ――その時だった。
(……何ですか、これは)
 不意に胸の奥に不快な感覚が走る。これは……痛み?
 その衝撃にぐらつきかけた足をどうにか捌き、少し長めのイントロを、二人でシンメトリーになるよう踊った。それから放たれる最初の歌声は、やっぱり七瀬さんのものだ。
「♪――」
 一瞬にしてみなが飲み込まれていくのが分かる。七瀬さんが降らせる流れ星を見上げて、聴衆が歓声を上げる。この時ばかりは毎度胸を張りたくてたまらなくなるのだ、これがうちのセンターなのだと。それなのに……今の私は、おかしい。
“遠慮なんかいらない、全開のあなたを見せてください”
 そう歌っているはずなのに、同時にこうも思っている自分に、気づいてしまったんです。
 誰にも、あなたの歌声を聞かせたくない、なんて。
 そもそも先程、私はどうして七瀬さんの方を見てしまったのか。どうして、その笑顔をこちらに向けてくれないのかと思ってしまったのだろうか。七瀬さんの声に聞き惚れた観客がうっとりとした表情を浮かべているのを見ると、なぜか酷く苛ついた。――何故だ、それこそが私の望んでいることなのに。



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サンプルは以上になります。
お手に取って頂けたら嬉しいです!

Up Date→'17/9/2

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