【同人誌サンプル】初々しい日々。




『遊歩するふたりのラプソディー』


『好きだ、神峰』
 たった一言に込められた、いっぱいの気持ちと、それを表した切なそうな顔と、どこまでも優しい声が、離れない。
 ずっとずっと、大好きだった。そんな奴と、実は同じ気持ちだったと知って、平静でいられる奴なんているんだろうか。
 ──少なくとも、オレは全然ダメだった。

          ◆

 朝、ふと目が覚めて、昨日と世界が違うように思った。なんだかふわふわしていて、スゲェ幸せな気持ち。なんでだろう、とオレはぼんやり思った。冬の朝は寒いのに、こんなにあったかいのはなんでだ?
 ──好きだ、神峰
「っ……!」
 その「声」を聞いた瞬間、オレの心臓がやたらとドキドキし始めた。──思い出した。昨日、オレ……親友で相棒だったはずの刻阪響と、恋人同士、になったんだ……。
「うわ……」
 思わず被った布団をぎゅっと抱え込む。ヤベェ、どうしよう。あいつの笑顔と、声で頭がいっぱいになって、まるで今も目の前にいるみてェだ。あの声、めちゃめちゃ甘かった。
 ──ずっとずっと、大好きだった。でも男同士なのにそんな事言える訳ねェし、友達だったはずなのになんで、みてェにも思っててずっと辛かった。だけど、刻阪もおんなじように悩んでて、オレの事考えてサックス吹いてた事もあるんだ、なんて聞いたらさ──そりゃ、舞い上がるだろ?
(……どうしよう、会いたい)
 胸が潰れるくれェ、そう思った。早く、あいつの顔が見たい、声が聴きたい。いても立ってもいられなくて時計を見ると、いつも朝練に起きる時間より三十分も早かった。この時間に行ったって、あいつはまだ来ないだろうけど……。
 それより、このままじっとしている方が辛かった。

「って、なんでいるんだよ!?」
 落ち着かない気持ちのまま学校に行ったら、やっぱり三十分は早くて、……なのに。
「あっ、おはよう神峰」
 いつもの爽やか全開の笑顔で、刻阪はオレに手を振ってくれた。あんまりびっくりしたもんだから、オレは一瞬なんて言ったらいいか分からなくなった。
「……て、てか……朝練始まるまであと三十分あるだろ……」
「それを言ったら、神峰だってそうだろ? ……早く、お前に会いたかったからさ。つい、来ちゃったんだよね」
「っ……!」
 ずるい。なんで、そういう事言えるんだろうコイツは。心も「会いたかった!」なんてハートマーク飛ばしてやがるし……そうやって、思った事を包み隠さず言えるってどれだけ凄い事か、刻阪は分かってるのかな。
「ば、馬鹿じゃねェの……オレも、だけどさ……」
 オレなんか、気持ちを言いたくたって、こうやって憎まれ口みてェに言うのが精一杯なのに。
「じゃあ、二人とも同じだね」
 それでも、刻阪は嬉しそうに笑う。なんだか、オレには勿体無ェくらい眩しかった。


 それから迎えた朝練。刻阪と別れて、オレは練習室の一番後ろに座る。今朝の指揮の担当が谺先生でよかった。オレの頭はすっかり煮えきってて、まともな思考ができる気がしない。
「よーし、じゃあ始めるぞー」
 ぱんぱん、と手を叩く先生の声も遠い。寝不足と浮つく心でぼーっとしたまま、オレは刻阪の事を見てた。
 けど、こいつ、こんなにカッコよかったっけ……?
 刻阪が楽器を吹く時の真剣なまなざしは、これまで何度も見ていた。でも、今日は……なんだか、いつもよりはっきりそれが焼き付く。きりっと引き締まった瞳とか、すって通った鼻筋とか、頬にかかるさらさらの髪とか、たまに楽譜をめくる時の、細い指をした手なんかから、目が離せない。
 かと思えば、演奏が止まった時、隣のパートメンバーに何か突っ込まれて笑ったりもしてる。演奏する時の真剣な顔と、無邪気な笑顔のギャップに、いいなって思っちまう。
 にしても、何話してんだろ。今の、何が楽しくて笑ってたのかな。
(ああ、隣に行きてェなァ……)
 それで、何喋ってたか教えて欲しい。それから、ちょっとだけでいいから、オレに向かって笑ってくんねェかなぁ──なんて。 
 オレの前には何人も座ってて、刻阪の姿は遠い。だから届かないのは分かっていたけど、でもそう思わずにはいられなかったし、そう思いながら、刻阪の姿を見つめずにはいられなかった。
 みんなが奏でる魂の音は、今朝はオレの目にも耳にも止まらない。オレが見て、聴いているのは、あいつの姿と、その音だけ。
 不意に、刻阪が後ろを向いた。どきっ、と心臓が高鳴って、思わず唾を飲み込んだその時。

 あいつ、笑ったんだ。
 まるで、全部わかってるよ、って言ってるみてェに。

「神峰君、どうした?」
「……えっ」
 突然声をかけられて、ビックリして見上げたら、奏馬先輩が心配そうな顔をしてた。


+ + + + +

サンプルは以上になります。
ほか、緊張しいの神峰となかなかキスに持ち込めない刻阪君による『至幸のプルミエ・ベーゼをきみと』というお話を収録しています。
お手に取って頂けると嬉しいです!

Up Date→'15/3/11

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