罪作りな手



 頭の上に、微かな重さと温もりを与える掌。
 好き勝手に、髪を乱していく指。
 目を上げれば、ぶつかるのは無邪気な笑顔。

 こんなことでドキドキするなんて、ボクはどうかしている。

 最近の、黒子の悩み事だった。



『罪作りな手』



 火神大我という男は、しょっちゅう黒子の頭を触る。
 触るといっても、掴んだり、ぐしゃぐしゃと髪を掻き回したり、わりと力がある触り方だ。
 だから、あんまり気持ちのいいものではない。というか、時々痛い。
 そしてそうされる度に、彼との身長差を感じてため息をつきたくなる。

(…なんか、不公平です)

 最初のうちは、ハッキリ言って嫌だった。なんだか子供扱いされているようで。
 だけど、今では触れられる度に心臓が高鳴るようになってしまっている。


 きっかけは、ほんの些細なことだった。




 とある日、練習が終わって火神とふたりで片付けをしていたときのこと。
「おーい火神ー、水戸部が呼んでるよー」
 小金井が、こちらに向かって手を振っている。それに火神は、がしがしと頭をかいて呟いた。
「…あー、そういやディフェンスの打ち合わせがあったな…」
 彼と水戸部は身長が近いのもあって、カントクの指示で二人で作戦を立てたり、一緒に練習したりというのが多かった。

「行っていいですよ、あとはボクがやっておくんで」
 そんな事情が分かっていたから、黒子はそう申し出た。
「そ、か」
 根が真面目な火神は、少し申し訳ないように頷く。そして。


「わりぃな」
 そう言って、黒子の頭をくしゃ、と撫でていったのだ。


(……!)
 衝撃、だった。こんなに優しく触れられたのは、これが初めてで。
 たったそれだけの動作で、黒子はすべてを持っていかれそうな感覚に襲われた。

 一瞬だけど、気持ちよかった。
 そしてそれ以上に、恥ずかしかった。

(って、なんでこんな動揺してんですかボクは)
 心の中でそう突っ込みながらも、黒子は去っていく火神の背中を見つめていつまでも立ち尽くしていた。




 そんなことがあってから、どうしても黒子は火神を意識せずにはいられないでいる。
 時間帯の重なる登下校、席が前後で隣り合わせの教室、同じ目的に向かって走る部活。
 いつも、隣に火神がいた。
 何かにつけて、火神の手は黒子の頭に触れては掻き回していく。

 黒子の、心も一緒に。




「腹減った…黒子ーマジバ行かね?」
「いいですよ」
 自主練のあと、腹を空かせた火神に付き合ってマジバーガーに行くのはお決まりのパターンだ。そして、最近黒子が一番楽しみにしている時間でもある。
 とは言っても、火神は黙々と大量のバーガーを食べ、黒子はバニラシェイクを飲みながらやはり黙々と本を読んでいるだけなのだが。

 そうしながらも、黒子の目はバーガーを食べる火神の手を追ってしまう。
 自分のとはずいぶん違う手だ。大きさは火神の方がずっと大きいし、形も骨張っていて、なんというか男らしい。

 その手が自分に触れているのだと思うと、黒子はたまらなかった。



「…オマエさー、何ボーッとしてんの?」
「……えっ?」
 ふと我に返ると、怪訝そうな火神と目が合った。
 見入っていたのがバレたのかと、黒子は少し焦る。
 すると、火神は熱でもあるんじゃねぇかと言って、額に触れてきた。
 それだけで、体温が上がる。心臓が、うるさくなる。
「っ……」
 耐えられなくて、黒子は俯いた。
「大丈夫かよ?」
「大丈夫、ですけど…っ」

 風邪ではない。だけど別の意味で熱が上がって死にそうだ。
 それでも必死で大丈夫だと言うと、火神の手はあっさりと離れていった。


(……あ、)


 反射的に、寂しい、と思ってしまった。

 ―――本当に、どうかしている

 離れていく手をぼうっと見ていると、今度はなんだよ、と聞かれた。
「…火神君は、」
 もう、なんでもないとは言えなかった。


「どうして、ボクの頭を触るんですか」


 火神は、一瞬呆気にとられたようだった。
「…あー、…そんな言うほど触ってるか?」
「触ってます」
 間髪入れずに断言する。そのせいでこちらは動揺しっぱなしなのだ。

「んー…なんつーかな…」
 しばらく火神はバーガーをかじりながら頭を捻っていたが、やがてぶつぶつと呟き始めた。
「…なんか、触り心地いいんだよなー。
 柔らかいし、場所ちょうどいいし」


「……」
 黒子は、反応できないままでいた。
 なんだか、すごく恥ずかしいことを言われている気がする。
「あとは、」
 火神は口の端で笑って、言った。

「オマエの反応見てんのが楽しいから、かな」

「な…っ!」
 黒子は今度こそ絶句した。火神が何がしたいのか本当に分からない。
 言ったことも、一緒に浮かべられた人の悪い笑みも、すべてが心臓に悪い。
「なん、ですか…それ…」
「なんだよ、嫌なのか?」

 それは嫌に決まっている。

 ―――と、反射的に思ってしまったが、そういうことではなくて。
 触られること自体がイヤなのではなくて、それをしてくる火神の真意が分からないから、困るのだ。
「イヤ…ってゆーか…遊ばれるのは、嫌です」
 そう言うと、火神はまた笑った。


「やっぱかわいーな、オマエ」


 そう言って、また頭をくしゃっと撫でられた。
「―――っ!」
 頭が真っ白になるというのは、こういうことを言うのだろうか。
 思考がフリーズした黒子は、もう逃げ出すことしか考えられなかった。

「…すいません、ボクもう帰ります」
「はっ? 黒子?」
 火神の声が追いかけてくるが、それに答える余裕すらなかった。





 ―――かわいーってなんですか、可愛いって!!

 脱兎の如くマジバーガーを飛び出した黒子の頭は大混乱に陥っていた。
 可愛いなんてそんな台詞、ただのチームメイトに言えるものか。しかも男相手に。


(そんなこと言われたら、期待しちゃうじゃないですか)


 ぎゅっと、学ランの胸のあたりを握り締める。
 自分が抱えている、火神に対する想いはとっくに分かっていた。認めたく、なかっただけで。

 ―――全部、火神君のせいだ

 あの大きな手が、全部さらっていってしまったのがいけないんだ。
 そう心で罵った途端、くしゃっ、と頭を撫でられた感触を思い出し、黒子は夜の街で一人赤面した。




 一方、残された火神は。
「……何だ、アイツ?」
 空っぽになった席を前に、ぽつりとひとりごちた。

(ウソじゃねーんだけどなー)

 柔らかい髪を触ってて気持ちいいのも、反応を見てかわいーな、と思うのも。
 むくれたり、赤くなったり、時には手痛い仕返しをしてきたり。
 黒子は普段無表情だが、頭を撫でるとそれが崩れるのが面白いのだ。

 手を開いて、少し見つめる。
 この手ひとつで、黒子のいろいろな表情が見られる。
 それをいつまでも見ていたい、出来るなら、一番近い場所で、なんて。


 ―――もう、手放せるかよ


 無意識下に芽生えた小さな独占欲。
 彼がその意味に気付いているかいないかは、また別の話である。





end.


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