眩しい背中 1/2
―――暑い。
湿気を含み、じっとりと重い空気が誠凛高校の体育館に立ち込める。日増しに暑くなる季節ではあるが、今日のは格別だ。
軽くアップしただけでも汗が流れ落ちる上、それを乾かしてくれるような風はそよとも体育館を通らない。
正しく、死にたくなるような暑さである。
(暑い、です…)
練習が始まって間もないのに、黒子は早くもバテそうだった。暑苦しい空気に、元々少ない体力が奪われてしまう。
「黒子、大丈夫か?」
「…いえ、あんまり」
黒子の様子に気づいて、降旗が声をかけてくれる。
が、返す言葉に力が入らない。
「こらァそこ、ダレんな! スリーメン行くぞ!」
しかし構わず日向の怒声が飛ぶ。黒子はそれになんとか返事をし、走り出す。
もっとも、暑さにやられているのは黒子だけではなかった。
声をかけてくれた降旗も、足取りが鈍い。主将として怒声を飛ばした日向でさえ、呼吸が荒い。他のチームメイトたちも、暑さに慣れず練習に身が入れていなかった。
だが、その中にあって、一人だけは。
「――っらァ!」
宙に翻った身体が、まとわりつくような空気をものともせず豪快にダンクを決める。
(火神君…)
その一人、火神はダンクを決めたその勢いで、軽やかにコートを蹴って走っていく。
目の前を通り過ぎた背中を目で追い―――そして、黒子は顔を伏せてしまう。
“見せてやろうぜ、新生『黒子のバスケ』を”
そう、黒子が火神と拳で誓い合ってから数週間。
二人はお互いに「キセキの世代」を超えようと、それぞれの力を高めていた。高めようと、していた。
(でも、ボクにはまだ分からない…)
どうしたら、もっと強くなれるのか。黒子はその答えをまだ見つけられていない。
(火神君は、あんなに頑張っているのに)
火神の、迷いを吹っ切った力強いプレイが、彼がひとつの答えに向かって走り出している証のように、黒子には見えた。
そんな背中が眩しくて、黒子はその姿から、目を逸らす。
「おーい黒子、大丈夫か?」
俯いていたら、唐突に声をかけられた。
顔を上げると、当の火神が黒子を見下ろしている。
「…大丈夫です」
黒子は、努めてきっぱりと答えた。自分にも言い聞かせるように。
妙な頑なさを見せる黒子に、火神は少しだけため息をつく。
「ったく、だったらもーちょいしっかりしろよな。置いてかれんぞ」
といって、火神はぽん、と黒子の頭をひと撫でし―――すぐに走り去って行った。
黒子を、待つことなく。
「…どっちかにしてくださいよ」
一歩遅れて、黒子も走り出しながらひとりごちる。
火神は優しい。こんなふとした瞬間に、いつも黒子を気遣ってくれる。その優しさは心地よくて、つい甘えたくなってしまうけれど。
「…バスケに関しては、キミがどうしたって先に行ってるんですから…」
―――“のんびりしてると、おいてっちまうぞ”
誓い合ったあの時、同時に火神から投げられた言葉が、黒子を焦らせて、身体を重くする。
練習時間は刻々と過ぎていく。
その間にも、火神はガムシャラにバスケと向き合い、確実に力をつけていく。
(それなのに、ボクときたらこんな体たらくだ)
パスしか出来ないのに、パスだけでは上に行けない。分かっているのに、今はどうしたらいいのか分からない。
このままでは、キセキの世代を超えるどころか、火神にも追いつけない。
(どうしたら、火神君の背中に追いつけるんだ)
あの大きくて逞しい背中に追いつき、並ぶには、一体どうしたらいいんだろう。
「うん、今日はここまで!」
『っっつかれっしたァ!』
答えが見つからないまま、今日も体育館は黄昏に沈む。
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