Change for Gloria 1/2


 11月6日、金曜日。
 月が変わってから、急に冷たくなった風が鳴る頃のこと。


「それじゃあ、今日はここまで! 明日に備えてゆっくり休むように!」
『お疲れっしたぁ!!』

 ―――いよいよ、明日からウィンターカップの予選が始まる。
 試合に向けて疲れを残さないように、今日の練習はいつもよりかなり早く終わった。
 部室の空気も、いつもより饒舌になる者、逆に黙りこくる者、いつもと変わらぬようなざわめきの中にどうしようもなく緊張を孕んでいた。

 その中で、火神はひとり悠々と着替えていた。
 やれる事はすべてやった自信がある。やりたい事はまだあったとしても。
 彼には、もう明日の試合の事しか見えていない。今度は、絶対に勝ってやる。

「―――火神君」
「のぅわっ!?」

 背後から声がして、火神は持っていたシャツを取り落してしまった。
「いきなり声かけんなっつか気配出せオマエは!!」
「そんな事言われましても」
 少し困ったように、火神を驚かせた張本人―――黒子は言う。
「それより、今日帰りにストリートに寄っていきませんか?」
「は? …いいけど」
 珍しいな、と火神は思った。練習のあとはいつもへとへとに疲れきっている黒子からストリートに誘う事はほとんどなかったからだった。


 と、思ったら。


「なんだよ、バスケするんじゃねーのかよ」
「しませんよ。疲れてますもん」
 ストリートのある公園まで来ると、黒子はさっさとベンチに腰かけてしまった。
「じゃ何で来たかったんだよ?」
「…なんとなく、です」
 答えた黒子は火神の方を向かない。色素の薄い髪が、冷たい風にわずかに揺れている。
「……ったく」



 座ったままぼうっとしていたら、いきなり目の前に缶が現れて黒子は少し驚いた。
「…え」
 顔を上げたら、憮然とした表情の火神が目に入る。
「やるよ。寒みィだろ」
「…あ、ありがとうございます」

 差し出されたその温かいカフェオレの缶を、黒子は受け取った。
 その隣に、ブラックコーヒー片手の火神がどかっと座る。重みで、ベンチが微かに軋んだ。

「―――明日、ですね」
 黒子が、ぽつりと呟くように言う。
「…そうだな」
 火神はコーヒーを啜りながら頷いた。
 夏に苦しい敗北を経験してからずっと、黒子は(そして誠凛バスケ部の皆が)この時が来るのを待っていた。
 でも、いざその時が来ると思ったより実感が薄い。いつもより練習が早く上がるのも、変な気分だ。
 カフェオレを受け取ったまま飲もうとしない黒子を横目で見た火神は、分かったぞとばかりにニヤリと笑った。

「…オマエ、もしかしなくても緊張してんだろ」
「え」

 ずばり、と指摘された黒子は一瞬ドキッとしたが、それでもゆっくり否定する。
「そんな事は、ないですよ。…むしろ楽しみなくらいです」
「ふーん?」
 火神はまだニヤニヤしている。絶対信じてないなと思いつつ、黒子は言葉を重ねる。
「楽しみですよ。やっと、全員そろって戦えますからね」
 去年の夏からずっと抜けていたエースの穴が、この夏やっと埋まったのだ。
 その実力も、人格も―――木吉鉄平は、頼れる先輩だった。
「まーなあ、木吉センパイつえーからなぁ」
「木吉センパイだけじゃないですよ。火神君も、みんなも強くなりましたから。どれだけ強くなったか、明日分かるでしょう?」

 だから、楽しみです。
 もう一度言い聞かせるように言ってから、黒子はカフェオレの缶を開けた。一口飲むと、じんわりと温かさが体に染みる。
 すると、唐突に火神が言った。


「…なんかさ、オマエ、変わったよな」


「え…?」
 缶に口をつけるのを止めて、黒子は思わず火神の方を向く。
「なんつーかさ、前はオマエが何考えてるか、よく分かんなかったけど。
 …今は、なんとなくわかる気がする。つか、オマエが言うようになったのかな」
「……そう、でしょうか?」

 黒子は分からなかった。至って普段通り、のつもりでいたのだから。
「なったよ。…前から結構言う事は言ってっけど、オマエ自身の気持ちはあんま言ってなかったろ?」
「……」
「でも、勝ちたいとか、あせってるとか、腹立つとか…前より言うようになった、と思う」


 火神の指摘を、黒子は新しい発見をしたように聞いていた。
(…そうかも、しれませんね)
 前から自分が感情を素直に出すタイプではないことは自覚している。むしろ隠す、というか気づいてもらえないことの方が多い。
 確かに、今は前より素直に自分の気持ちを言うようになったかもしれない。

 ―――でも、そうなれたのは、きっと。




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