文は口ほどに物を言う



※未来設定の火黒です。設定だけですが同棲中




 カタカタとキーボードを叩く音が、ある時不意に途切れた。最後の一文を打ち終えた黒子は伸びをして凝った背中と肩をほぐす。
 この小説の締め切りは明日、もう一度誤字脱字のチェックをしてどうにか間に合うといったところか。でも今晩はこのくらいでいいだろう。

 一息入れて、黒子は1つ小包を開けた。小説家、と呼ばれるようになってから貰ったファンレターの入ったものだ。
 自分が書いたものに対して反応がくるのは、嬉しい。1通1通、目を細めて手紙や葉書を眺めていく。

 だが、読んでいくうちに黒子に複雑な表情が浮かんだ。何故か、ある種類の感想がものすごく多いのだ。
 いわく。


『黒子先生はどうして女の子の気持ちがそんなに分かるんですか?』




   ◆


「あっはっは、そんな事言われるんスか?」
「……笑わないでください」

 翌日、黒子はマジバーガーで、かつてのチームメイトである黄瀬と向かい合って座っていた。
 黒子が原稿を出版社に届けたあと、偶然ドラマの撮影を終えたばかりだという黄瀬と鉢合わせたのだ。彼は高校卒業後モデル業に専念し、それなりに名前が売れて、今はファッション雑誌のみならずテレビにも顔を出すようになっていた。

 そんな黄瀬が、何か黒子っち、不機嫌っスね?と聞いてくるから、つい黒子はファンレターのことを言ってしまったのだが。

「いいじゃないスか、女の子の心が分かるって褒め言葉っスよ」
「それは、そうかもしれませんけど…でも男性の心が分かってるって感想は来ないんですよ」
「ああ…それは」
 黄瀬はゆかいそうに笑って、言った。


「愛されてるんスね、火神っちに」


 それを言われると、黒子はうっと詰まった。
「……やっぱり、そっちだと思いますか」
「それしかないと思うっスけど」
「……」



 火神と黒子の付き合いは高校以来ずっと続いていた。火神がプロのバスケ選手になって、黒子が作家になった今も。
 それが高じて、二人は同じ屋根の下で暮らしている。火神はしょっちゅう試合だ遠征だなんだと家を空けているので、それほど一緒にいる時間は多くないのだが。

「深層心理の表れってやつっスね」
「……黄瀬君にそういうこと言われるとなんかムカつきます」
 なんスかそれ〜、と黄瀬がしょげるが、黒子は無視してバニラシェイクを啜った。
 いつも通り甘いはずのそれは、しかしなぜだか味気が無い。
 一瞬、火神君がいないせいかな―――なんて思ってしまい、ため息をつきたくなる。


(そういえば、マジバ自体久しぶりだったんですがね)


 それもそうだ、ここ数週間ずっと原稿と格闘していたのだから。
 夢中になると大して息抜きも必要としない黒子は、外へ出ることすら久しぶりだった。

「ていうか黒子っち、別に恋愛小説書いてる訳じゃないスよね?」
「そうですよ」
 そこは力強く肯定した。黒子が書くのは主に青春小説というやつで、今回だって書いたのは恋愛メインのものではない。
「恋愛が絡むと人間関係が面白くなるからどうしても入れたくなるってだけなんですがね…」
「へえ、そういうもんスか…で、女心が分かるって言われるのの何がイヤなんスか?」


 聞かれて、黒子はどう答えようか迷った。
 日頃から女性の注目を集めまくっている黄瀬からしたら(実際、今だって周りから興奮ぎみの囁きが聞こえる)こんなのは大したことではないだろう。
 だが、黒子にしてみればやっぱり大問題なのである。

「……男の意地ってやつですかね」
「へ?」
「だって、意識しないでも女の子の気持ちが分かるなんて言われるような書き方をしてるってことは、自分も女の子みたいな思考をしてるってことになるんですよ?
 …狙って書いてるんだったら、素直に反応を喜べますけど」


 小説なんていうものは、どんなに隠して書いたとしても自分の中に蓄積しているものが表れてしまうものだ。自分の中にないものは書けないのだから。
 恋愛ものを書いているならまだしも、全く意図しないで書いたものにそんな感想ばかり来てしまうというのがどうにも納得がいかないのだ。いや、むしろ。

「実際のところどうなんスか? 女の子みたいな考え方してるなーって思う時あるんスか」
「いきなりそうきますか…そうですね、自分でも最近女々しくなったと思いますよ」
「たとえば?」
「たとえば、…言わせるんですか? ……やっぱり、長い間遠征行ってたりすると、寂しいとか…それで、帰ってきたときは絶対表に出しませんけどすごく嬉しかったりとか、…」

 ―――納得がいってしまうから、イヤなのだ。



 ごにょごにょと自分の想いを告げながら頬をだんだん紅潮させる黒子を見て、黄瀬は素直にかわいいなあと思った。殴られそうだから絶対に口に出さないけれど。

 やがて消え入るように言葉を途切れさせると、黒子は一口、残り少ないシェイクを啜った。
 そして、思い出したようにぽつりと言う。


「でも、小説書いてる間は寂しいのも忘れられるというか、そういうこともあるんですよね」


 聞いた黄瀬ははた、と思い当たった。
「あの…黒子っち、まさしくそれなんじゃないスか、原因」
 独りで恋人に会えない寂しさを紛らわそうと小説の世界に没頭するから、思考がどうしてもそっちにいってしまうのだろう。

「……否めませんね」
 自分で導き出してしまったとはいえ、黒子は改めてショックを受けたようだ。


(ったく、どんだけ幸せもんなんだよ火神っちは)
 高校の時から折に触れて二人のバカップルっぷりを見てきたが、今も二人の絆は健在のようだ。もう何年も一緒にいるというのに倦怠期の欠片すらない。

 初めのころは黒子を取られたことに少し嫉妬もしたけれど、今はもうそんなことは全然ない。
 火神と出会ってから、黒子の表情がよく変わるようになった。それはいいことだと思う。

(あとで火神っちにメールしてやるか)

 黒子っちに寂しい思いさせんな、と。
 今は歩く道は違うけれど、かつての大切な仲間として、黒子っちを泣かせたらオレが許さない。


 自分の魂を込めて書いているものに表れてしまうくらい、黒子は火神のことを想っているのだから。


 だがとりあえず、考えすぎて落ち込んだ黒子を元気づける方が先だ。
「そんな気にすることないと思うスけどねー」
 真っ赤になったあげく俯いてしまった黒子が、目だけで黄瀬を睨んだ。
(いやー、そんな顔で睨まれても全然怖くないスよ)
 胸の内だけで黄瀬は苦笑する。
「だって、コイビト相手でしょ? 会えないと寂しいとか、抱きしめられたら嬉しいとか、そんなの普通の感覚じゃないスか。
 それに、そうやって火神っちを想ってる今の黒子っち、すごく魅力的だと思うっスよ」

 それを聞いて、黒子は今度は呆れてため息をついた。
「……黄瀬君、キミにも大事な人はいるんでしょう…そんなこと軽々しく言うべきじゃないと思いますけど」
「だってー事実っスもん」
「……はぁ」
 まったく悪びれない黄瀬に、2回目のため息。天然で言っているからこの友人はタチが悪い。

「っつーか、黒子っちも男で火神っちも男、そういうことはとっくに二人とも了解済みっしょ?」
 今度は黒子はこくりと頷く。普通ではない関係に初めこそ食い違いやぶつかりはあったけれど、結局はお互い納得したのだ。
 でなければ、何年もバスケを超えての付き合いが続くはずがない。
「だったら、他の奴らの言うことなんて気にしないで、黒子っちは自分の気持ちに素直になってればいいんスよ」

(それで、いいんでしょうか)
 黄瀬の言葉を、黒子は黙って反芻する。
 いや、それでいいのだ、そうするしかないのだということは最初から分かっていた。
 それでも引っかかるのは、単に―――



「お前ら、こんなとこで何やってんだ?」



 頭上から降ってきた声に、黒子が顔を上げた。
「火神君…」

 いたのは、相変わらず山盛りのバーガーを抱えた火神だった。

「なんでここに…?」
 言ってから、黒子は火神が遠征から帰ってくるのは今日だということを思い出した。
「なんでじゃねーよ、もう駅着いたからお前の仕事終わったらメシ食おうぜってメールしただろが?」
「…そうなんですか」
 慌てて携帯電話を取り出して確認すると、確かに火神からそんなメールが届いていた。黄瀬と話し込んでいたせいでちっとも気付かなかったのだ。
「すいません、気付きませんでした」
「だろーと思ったけどよ。つーか、なんで黄瀬がいんの」
 明らかに不機嫌な目つきで火神は黄瀬を見た。

(…こっちも変わってないスね)
 黒子の一途ぶりも火神の独占欲も昔のまんまだ、と黄瀬は内心呆れた。と同時に、ちょっと安心もする。
 この分ならメールは必要なさそうだ。どっちにしろするつもりであるが。
「たまたま撮影の空きと被ったんスよ。ま、火神っちが来たんなら邪魔者は消えるっスよ〜」
「おー、帰れ帰れ」
「じゃ、黒子っちまた会おうね!」
 邪険にする火神の台詞は無視して、黄瀬は黒子に微笑む。
「はい、また」
 ひらひらと手を振って、黄瀬は店を出て行った。



 空いた所に火神が座って、さっそくバーガーをもりもり食べ始める。
 こうやって向かい合ういつもの姿、それに黒子の気持ちは自然と弾む。

(意地は、捨てるべきですね)

 黄瀬に諭されても黒子がどうしても引っかかっていたのは、単に悔しいからだった。
 自分の感情が、こんな風にどこまでも火神に振り回されていることが。
 こんな状態なら、書いているものにそれが表れてしまうのは当然だ―――黒子は今になって、ようやくそのことを認めた。今更なのは否めないが。

「で、なんの話してたんだよ」
 もりもり食しながら、火神が思いっきり不機嫌に聞いてくる。
 黒子は自分の淡白さと、そんな自分がこんな風に感情を素直に表に出す火神にかなわないことも、昔から承知していた。
 分かっているけれど、そのまま飲み込んでしまうのもやっぱり悔しいので。


「別に。…ボクはやっぱり火神君のことが好きなんだなあという話をしていただけですよ」


「―――」
 鳩が豆鉄砲を食らったように、火神はぽかんと口を開けたまま食事を停止した。
 してやったりと黒子はひとりほくそ笑むと、バニラシェイクもう一つ買ってきますね、と言って席を立った。






end.


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