海へ行こうよ 1/2



「なぁ、海行こうぜ海!」

 そんな話が出たのは、どういう流れからだっただろうか。




- 海へ行こうよ -




「はぁ、何言ってんの降旗!?」
「だから海行こうぜって、1年みんなで! 明日休みなんだろ?」

 夏休み直前のある練習日のことだった。テスト期間が終わったらずっとオフなんてないだろうと部員の誰もが諦めていた時、カントクが突然明日休みだと宣言したのだ。
 降って湧いたような休みに、いつもより賑やかになった更衣室で降旗が突然そんなことを言い出したのだった。

「こうさ、自転車乗ってちょっと遠い海まで出掛けるっての憧れてたんだよなー」
「バカ、それ可愛い彼女後ろに乗っけてやるもんだろ!」
 河原が突っ込むと、福田が同意して笑った。
「まぁしょうがねーよな、オレたち彼女なんかいねぇし」


(……海、ですか)

 楽しそうな彼ら3人を横目に、黒子は胸のうちで呟いた。
 せっかくの休み、出来たら火神とのんびり過ごせたらな、と思っていたのだが、この話の流れではどうもそう上手くはいかないようだ。

「な、火神も行こうぜ海!」
 降旗が黒子の横で着替えていた火神に声をかけた。やはり海へ行くことは決定事項らしい。
「…オレ自転車持ってねーぞ?」
 そう答える火神もあまり乗り気ではなかった。なぜなら黒子と同じことを考えていたからだ。
「あ、そっか…火神一人暮らしだもんな」
「ていうかそれこそ誰かが乗せてきゃいんじゃね? 黒子あたり」
 と言って、福田がはっきり黒子の方を見た。

「…やっぱりボクもですか」
「当たり前! 行こうぜ」
 1年の仲良しトリオが揃って頷いた。
 それを見て、火神はうーん、と考え込んだ後に。

「わかった。オレも行く」

 と言って、火神は黒子に向かって一瞬だけ笑いかけた。そうなれば、黒子も頷くしかないではないか。
「……しょうがないですね」
「っしゃ決まりー!」
「じゃあ明日ストバスコートに自転車で集合な!」

 こうして、あっさり話は決まったのだった。





「……なるほど、こういうことですか」

 翌日、5人は揃って自転車に乗って海へ向かっていた。ただし、黒子は火神が漕ぐ自転車の後ろだ。
「その自転車、本当はボクのなんですけどね」
「こまけーことは気にすんなって! それともオマエ、オレ後ろに乗っけて漕げんの?」
「……そりゃ、無理ですけど」

 黒子は口を尖らせた。こうして近くにいられるのは嬉しいけれど、やっぱり体格差がなんとなく悔しい。
 後ろで黒子が拗ねたのを察した火神は喉の奥でくつくつ笑った。そして片手で器用に黒子の頭をポン、と撫でると、しっかり掴まってろよ、なんて言う。

「子供扱いしないでください」
 口ではそう言った黒子だったが、手はしっかりと火神のシャツを掴んだ。それに、また火神が笑う。


 もう2時間は漕いでいるだろうか。彼らを太陽の光が容赦なく照りつけ、まとわりつく湿気た空気はすっかり夏のものだ。
 ただ、風が吹いているのが少しだけ救いだった。

「あっちー、なぁいつ着くんだよ?」
 河原が少し疲れた表情で先頭に立つ降旗に聞いた。
 言い出しっぺの降旗が穴場を知っているというので、彼が先頭で漕ぎ、それに河原、黒子と火神が続き、しんがりを福田が漕いでいた。
「んー、もーちょい!」
 後ろを向かずに降旗が叫ぶ。
「そろそろのはずなんだけどなー」
「つーかよく知ってんな穴場とか! どっから仕入れたんだよ?」
「それは企業秘密!」
「何だよそれ意味わかんねぇ!」
 暑い空気の中笑い声がこだまする。その横を車が何台も通りすぎていった。


(…みんな元気ですね)

 ひとり冷めたようなことを呟きつつも、それでも黒子はこの強行軍を楽しんでいた。
 ゆっくり移り変わる景色、髪をなぶっていく風、他愛ない会話のひとつひとつが楽しい。二人きりでいるという望みは叶わなかったけれど、これはこれで参加してよかった、と思う。

 ―――ただ、いい加減尻が痛くなってきたのだが。


 その時だった。


「あ…!」
「黒子?」
 火神が首だけ振り返った。
「今、潮の香りがしたんですよ。分かりません?」

 黒子が言うと同時に、5人にざあっと強い風が吹き付けた。

「うぉー、海の匂いだーっ!」
 後ろで福田が叫ぶ。他の3人も今度は潮風に気づいた。
「もう近いんじゃね!?」
「そうだろ! くそっ漕ぎにくいな!」
「見えたぞー!」
 降旗が前方を指差した。建物の陰で青いものがちらちらと見え隠れしている。
「きたーっ!!」
 河原が器用にも両手を離して叫んだ。
「ちょっと、危ないですって落ち着いてください!」
「大丈夫だってー」
「よっしゃあ全速前進ーっ!」
「おーっ!」
 黒子の懸念などまるきり無視して、彼らは自転車のスピードを上げたのだった。





 やっと目指す場所にたどり着いて、5人は自転車を止めた。目の前に、真っ青な水平線が広がる。
「マジで来ちゃったよ海…!」
「すっげぇ、やっぱ広くて青いもんだな海って!」
「…なんか子供みたいですよ」

 そして自転車から降りて、砂浜に駆けていく。
 穴場という降旗の言葉通り、その海岸にはほとんど人がいなかった。脇に積んであるテトラポッドで、数人のおじさんが釣りをしているくらいだ。

「オマエすげーな、マジで穴場だ」
「だろー?」
 得意気に降旗は腕を組んでみせる。
「ていうか来たはいーけどここで何すんだよ?」
「そりゃ海入るに決まってんじゃん!」
 と言うと降旗は靴と靴下を脱ぎ捨てて走り出した。もちろん彼が履いているのはハーフパンツだ。
「おまっ、気ィ早!」
「準備体操しなきゃダメだろー!」
 からかいながらも、福田も河原も裸足になって降旗を追いかけていった。


「……行っちゃいましたね」
 はしゃぐ3人に微苦笑しつつ黒子が火神を見る。
「オレたちも行くか?」
「ボクはいいですよ。疲れるのでここで見てます」
「何言ってんだ、オマエがいなきゃ楽しいもんも楽しくならねーだろ。ホラ行くぞ!」
「え、ちょっと火神君!?」
 黒子の制止を聞かずに、火神は黒子の手首を掴んで走り出した。

(……この人はまたそんな恥ずかしいことを言って)
 とりあえず、黒子は掴まれた手首を振り払った。





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