小さな恋のうた 1/2
昇降口を出る矢先に、バケツをひっくり返したような雨。
「……どうしましょうか」
鞄に入ったままだった折り畳み傘を手に、黒子は一人呟いた。
- 小さな恋のうた -
「はぁ、呼び出し!?っスか!?」
練習が終わって黒子と火神が着替えに行こうとしていたら、いきなりリコから火神にお呼びがかかった。
「そーよ、数学の一宮先生から。アンタまた何かやらかしたんじゃないでしょーね?」
と言われて、黒子は思い出した。
「…そういえば火神君、こないだの小テスト赤点でしたよね」
「……あ゛」
思い出して、火神の顔が引きつった。それにリコがいやーな笑いを浮かべる。
「このバカガミが…」
「うわわっすっません!」
またブレーンバスターでもやらかしそうなリコに火神は慄いた。慌てて謝ると、リコはふうとため息をつき。
「ったく、期末は勉強合宿なんてやらせないようにね!」
そして、行ってしまった。
さて、残された火神はいかにも嫌そうにがしがしと頭を掻いた。
「あ〜、何言われるんだか…」
鬱々と呟く火神に、黒子は冷静に指摘する。
「早く行ってきた方がいいんじゃないですか?」
「…おー、そうする…」
がっくりと肩を落とし、火神もまた、黒子に背中を向けて去っていった。
「………」
黒子はぼんやりとそれを見送った。
影で鬼の一宮とあだ名されるあの先生のことだ、なかなか容易なことでは火神は解放されないだろう。
火神の自業自得とはいえ、それを少し可哀想に思う気持ちと、同時に黒子は別の感情も持っていた。
(…一緒に帰りたかったんですけどね)
端的に言えば、黒子は火神が好きなのだ。
ただでさえ一緒にいる時間は長いのに、出来る限りその時間を伸ばしたいと願うくらいには。
しかし、それを伝えることは許されない。同性である彼に想いが通じるなど有り得ないし、伝えたところで嫌われるのがオチだ。
だから、せめて傍にいたいと思うのだけど。
(何も特別な関係じゃないのに待ってるのはおかしい…ですし)
今日は諦めよう、運がなかったんだ。
想いを断つようにかぶりを振ると、黒子は更衣室に向かった。
―――と思っていたら、これだ。
練習が終わるまでは晴れ渡っていた空。しかし黒子が学校を出ようとしたところ、校庭に水溜まりが出来ていた。
天気予報にはなかった、突然の雨。そういえば更衣室から見た空の端っこに、不穏な色をした雲が見えていたような。
「……どうしましょうか」
折り畳み傘を取り出して、黒子は浚巡した。
たまたま鞄の中にこれが入っていたから、自分は問題なく帰れる。
だが、火神はどうだろうか。
天気予報は雨とは言ってなかったし、事実ついさっきまでは晴天だった。だから今日傘を持っている人はほとんどいないはずだ。
ましてや、火神が普段から折り畳み傘を持ち歩くような性格をしているとは思えなかった。
十中八九、火神は傘を持っていない。
加えて、彼が説教から戻ってくるまでこのどしゃ降りが続くとしたら。
(……困りますよね、きっと)
一緒に帰ろうとするなら、これは絶好の口実に思えた。
「あー、やっと終わった…」
30分も経って、ようやく火神は職員室から解放された。
もう誰もいなくなり薄暗い更衣室に戻ってきて、そこで火神は外からのやかましい雨音に気づく。
「…マジかよ…」
窓を開けて、街灯に大きな雨粒が反射しているのを確認した。
朝からずっと晴れていた今日みたいな日に、傘を持っているはずがない(おまけに彼は天気予報すら見ない)。
「…踏んだり蹴ったりだなオイ…」
元から沈んでいた気持ちがさらに地の底まで沈んだような気分だ。しかしいつまでもここにいる訳にはいかない。
濡れて帰る覚悟を決めるしかなかった。
部室の鍵を返して、火神は人気のない廊下を歩いて昇降口に向かう。
別に怖がりでなくても、誰もおらず暗い廊下を歩くのは嫌なものだ。そして外はどしゃ降り。
(ったく、マジねーよ…)
はぁ、とため息をついたその時、火神は下駄箱の近くに誰かが立っているのに気がついた。
「あ」
「……黒子?」
あたりがほとんど暗くなる頃、黒子は怪訝そうに目を丸くした火神の視線とぶつかった。
「どーしたんだよこんなとこで。誰か待ってんのか?」
「……傘、」
「は?」
(言わないと、)
待っている間ずっとどう切り出すか考えていたのに、いざとなると言葉が出てこない。
「帰ろうとしたら、こんなんで…火神君、どうせ傘持ってないでしょうから」
ボクの傘に、入れてあげます。
「………」
言われた火神はぽかんとしているようだった。
それはそうだ、そう短くない時間もない説教の間、わざわざそれだけのために待っていた、なんて。
あまり、普通ではないだろう。
「…それで、そんだけのために待ってたのかよ?」
火神の問いに、こくりと頷く。
「ワケわかんねーな、お前…」
少し呆れたように言われて、黒子は俯いた。
(やっぱり、変、ですよね…)
多分、引かれたと思う。
諦めて、火神君がいやなら帰ります、と切り出そうとしたら。
「……まあ、確かに濡れんのやだしな…せっかくだから、入ってやるよ」
思いがけず貰えたOKの返事に、黒子は顔を上げた。
そして、二人は帰路についたのだが。
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