街中がやけに賑やかしと思えば、そういえば今日は12月24日だったことを思い出す。

日々の移ろいの速さに情緒が追いついていけない。気づけば空に月が浮かんでいるし、秋風が足下を通り過ぎたかと思えば、お次は氷の結晶が足裏に張り付くような季節になっている。

多忙からしばしの短期間解放されたルーシーの隣を大きなプレゼント箱を持ったサラリーマンが通り過ぎていく。アレではまともに前も見えていないのではないだろう。

子どもへのプレゼントにしては少しばかり気合いが入りすぎじゃないか。後ろを振り返ると煙草の煙が姿を変えながら後をついてくる。ルーシーの心配を受信したのか、前方からやってきた通行人に気付けず、軽い衝突を起こしていた。

慌てた様子で会釈をして、バランスを崩して落ちかけている包装箱をなんとか支え直す。そのときの彼の横顔が幸せそうなのが引っかかった。首を傾げてその理由を考えて暫く立ち尽くす。

数秒後に、ああ、あの大きなプレゼントを渡されたときの相手の顔を思い浮かべたのだろうなという採点しようのない答えを導き出したので、今度こそ去って行くサラリーマンに背中を向けて帰路につく。

プレゼントは渡す方も渡される方も幸せになれる幸福の箱だ。貰った方は勿論のこと、あげる立場からしても喜ばれると嬉しいものなんだろう。

贈り物をする、という行為は親しい友人や愛おしい相手ぐらいにしかできない事だ。好き好んで嫌いな奴に金や時間をはたくような奴は少ないだろうとルーシーは考える。あのサラリーマンの表情から感じ取られる、相手への全力の好意はきっと受け取った人間にだって伝わるに違いない。

そういえば、最近プレゼントを渡してもいないし貰ってもないことを思い出す。幼い頃はクリスマスやら誕生日やらのイベントがあるごとに貰っていたもんだが、歳を重ねるにつれ頻度は目に見えて減少していった。ケーキなんてもんは久しく食べていない。

どこぞのマフィアの跡取り息子と違って毎日食すようなもんではないのは分かっているが、こういうイルミネーションが眩しい日ぐらいは食べてもいい気がする。要するにムードだけでも味わおうと気まぐれに寄ったケーキ屋で一つだけケーキを買った。フェア中らしく、イチゴがサービスで二つ盛られたショートケーキ片手に家へ帰った。

鍵穴に銀色の鍵を差し込んで回すが、ロックがかかった手応えにルーシーの整った顔が険しさに縁取られる。

家を出るときに鍵を閉め忘れたのか、という疑心暗鬼が胸を巣くう。それとも聖なるキリストの誕生日に不埒な犯罪行為を働くような間抜けが侵入したのか。後者の懸念も抱えながら慎重に中へ入る。

リビングからもれる灯りにつられるように足音を殺して近づいていき、扉の前で大きく息を吸った。体内が酸素と緊張で満たされる。

「誰かそこにい」

「メリークリスマス、私のキティ」

間髪入れずに威嚇の意味も込めて勢いよく開け放たれた先にいたのは、真っ赤な衣装に身を包んだ見覚えのある一人の女だった。カバンが肩からずれ落ちそうな脱力感に襲われ、ルーシーは盛大に溜息をついた。

「おやおや驚きで声も出ないといった様子かな?それとも外が寒くて震えているのかい、可哀想に!さあさあ中に入って私の愛と暖炉の熱で暖まるといいよ」

「不法侵入されて怒りで震えているとは思わねえのか」

あからさまに呆れられたにも関わらず、少女、ルチアーノは自信に溢れた態度で被っていたサンタ帽を外した。

「何を今更。聖なる夜に逢瀬を重ねた私達じゃないか、遠慮なんていらないだろう?」

「逢瀬ってのは日本語でデートってことだろ。お前へのクリスマスプレゼントは国語辞典で十分だな。なんだその服は」

自宅にサンタコスプレをした少女が待ち構えていたというホラー現象にやっと脳味噌が追いついてきたルーシーの至極まっとうな質問に、ルチアーノは腰に手を当てて得意げな表情をする。

「もちろん今宵の聖夜にぴったりな正装をしたきたつもりだよ。良い子にしてた私の子猫にプレゼントをあげなくちゃ駄目だからね。似合っているでしょ」

「サイズ明らかに間違えてるだろ。目が痛いからさっさと普通の服に着替えろ」

「痛い痛いっ!糊でくっつけているから引っ張らないで髭!皮膚ごと持って行かれるかと思った…」

真っ白な付けひげを容赦なく力任せに引きちぎられ、ちょっと涙目で口元を押さえるルチアーノの隣を通り過ぎ、ソファに腰かける。どっと疲れた。テレビでも見ようかとリモコンを手探りで探し、スイッチを入れた。どの番組もクリスマス特集で二時間スペシャルやら特別番組やらで埋め尽くされていて、どれを見ようかと悩む。

「あ、私このクリスマスケーキ特集が見たいな」

「自分の家で見ろ」

じゃれるように隣に滑り込んできたルチアーノににげもなく言い放つ。一瞬落ち込んだようなオーラを出したがめげずにルーシーが持っていたリモコンを奪い取った。自分の手から抜き取られたチャンネルの主導権を素早く奪い返し、歌番組に切り替えてやると、目に見えて頬が膨らむので少し面白くなった。

「意地悪な子にはサンタが来ないよ」

「もうそんなもん信じるような歳じゃないからな」

「全く、夢も見られなくなった大人にロマンはないね。そんなサンタさんがこないルーシー君に、ルチアーノサンタからプレゼントがあるのだけれど、もう渡して良いかい?」

「プレゼントってもんは寝てるときにクリスマスツリーの下に置かれてるもんじゃねえのか」

「実は言うと君より起きてられる自信がない。ちょっともう眠い」

「ドヤ顔で言うことかそれは」

若干欠伸が混じった言葉に不安を覚える。彼女が此処で寝落ちして泊まっていく未来しか見えない。どうにかして早く帰って自分の家で眠ってほしいルーシーは渋々彼女が言うプレゼントとやらを拝見することにする。正直に言うとプレゼントなんてものは必要ないが、早く渡したくてうずうずしている彼女を見ていると、受け取らないのも憚られる。

ルーシーが促すと嬉しそうに真っ白な袋を漁りだした。まるでサンタがプレゼントを吟味しているかのような演出に、無駄なところまで力が入っているなと思った。どうせ中には一つしかないだろうに、たっぷりと焦らしながら飛び出してきたのは一つの紙袋。

「あけてもいいのか」

「もちろん、それはもう君のモノだよ」

丁寧に赤と緑でラッピングされたそれを恐る恐る受け取り、一声掛けると包装を手早く解いた。手触り的になにやら柔らかいモノが入っているのは分かる。待ち望んだ顔でニコニコ笑っているルチアーノを一瞥し、意を決してプレゼントを取り出した。

「マフラーか」

「これからの季節にぴったりでしょ」

予想を裏切ったまともなプレゼントに驚くのも失礼な話だが、ふざけたものが中に入っているのだとばかり思っていたルーシーの横顔に、ルチアーノが笑みを零した。

ふわふわとしたカシミアの手触りが気持ちいい。首に巻けば立派な防寒アイテムとして活躍するだろう。少し長い気がするが、巻き方次第でお洒落としても映える。真っ黒なコートを着ている事が多い彼のファッションにアクセントを加えてくれるだろう。

「悪いな、高かっただろ」

「全然さ。数ヶ月お菓子を我慢すれば買える程の値段だから大事に使って欲しい」

「さり気なく値段を誇示してくるそんなところだけは尊敬している」

「褒めないでくれるかな、照れちゃうだろ」

「褒めてねぇ」

でもまぁ、ありがとうな。素直な感謝の言葉が自分でも驚くぐらいすっと出てきた。憎まれ口が返ってくるだろうと思い込んでいたルチアーノの動きが一瞬止まる。

「わ、私の可愛い子猫が寒空の下、震えているのを黙って見ている訳にもいかないからね。それでこれからの冬を乗り切るといいよ」

戸惑いながらそっぽを向いた目元が少し赤かったのは見なかったことにして、ルーシーは白いマフラーを丁寧にたたむ。

不思議と、自然に浮かび上がってきた嬉しいという感情に体内が優しい熱に包まれる。
プレゼントは渡す方も貰う方も幸せになれる箱。ルーシーの事を考えながら一生懸命節約をして、一生懸命選んでくれたのが伝わってくる中で、思い出したのはすれ違ったサラリーマンの横顔。そうか、こういう意味だったのかとなんとなく、あの時感じていた一欠片だけかもしれないが、理解はできたような気がした。

「おや、それはケーキかい?君もケーキを食べるんだね、意外だ」

「クリスマスにはケーキが必要だろ。菓子を数ヶ月我慢した良い子がクリスマスケーキを食べられないってのも可哀想な話だ」

「ケーキ!食べて良いの!?有り難う!」

一つだけショートケーキと温かいココアを淹れてルチアーノの前に差し出してやると、大人びた発言をする彼女の年相応な笑顔と態度がテレビの音をかき消した。来年は、こっちから何かプレゼントを用意しなければならないな、とらしくもない思想を巡らせながら、ココアを飲む少女から目を離して、窓を見た。白い雪の中に浮かんでいる、白い月が見下ろしている。ホワイトクリスマスになった午後九時頃の事だった。

二つ乗った苺のうち、一つをさり気なくルーシーに差し出してくるあたり、あのケーキショップの店員の含み笑いの意味も、なんとなく分かってしまった気がする。


【恋人2Pカラーチェンジ】

「あれ、キティ今日は毛並みがちょっと違うねイメチェンかい?」

「ちょっとどころじゃねえだろ。気付けよ」

「ふふ、気付いているに決まってるじゃないか。私を愛猫の変化にも気付けないような鈍感者と一緒にしないでほしいね」

「愛猫って呼ぶな。鳥肌がやばい」

「それにしても憎らしいぐらい美形だよね本当に。ブラウンとエメラルドが似合いすぎてて怖いぐらいさ」

「そりゃどうも」

「そんなに私の事が好きなら言葉にしてくれたらいいのに」

「何のことだ」

「何って、私と同じ髪色、目の色だなんて遠回しな愛情表現でしょ分かっているよハニー!さあ私の胸に飛び込んでおいで!」

「小さすぎて飛び込めねえから後10センチは身長伸ばして出直してこい」

「辛辣だね!そんなところも可愛いよ!」

「ついていけねえ」


茶髪緑目ルーシーさんの破壊力やばい
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