プリンが皿の上で揺れている。卵黄のうまみがつまったカスタードの生地を彩るかのような、とろみのついたカラメルソース。趣味の良い容器に形通り収まったフィルムが、アルベルトの喉を無自覚に鳴らす。

このプリンは数日前、忙殺されかけた仕事をなんとかこなした自分へのご褒美に買った一品だ。駅前で軒を連ねるスイーツ店の中でも、群を抜いて有名な高級品だった。

コンビニのものでもアルベルトの疲れ果てた心は満たされるのだろうが、その日はなんとなく美味しい甘味が食べたかった。値札には決して視線をよこさず、一目散に店を飛び出た。

帰ってすぐに食べるつもりだったが、急用を思い出してしまいそのまま仕事に溺れることになる。やっと時間がとれたのが今日というわけだ。

冷蔵庫の奥に隠していたプリンを取り出す。ケチャップとマヨネーズの間に上手に隠れたそれをつまみ上げ、スプーンと一緒に運んだ。

アルベルトは誕生日プレゼントの封を破く時と同じ心境だった。甘い物は彼の頑なな表情筋をほぐし、本来の感情を引き出してくれる。

「あーお腹空いたーなんか食べるもんないかねー」

そんな声が聞こえた瞬間、アルベルトは本能的にプリンを袋に突っ込んだ。

そして手持ちぶさたになったそれを懐の中に隠し、何事もなかった態度で手元のチャンネルをいじる。

どんどん近づいてくる足音に舌を打ち、現れた同居人の姿にポーカーフェイスを向けた。

「飯にはまだ早いぞ」

「そーなんだけども、こう、食事前に少ーし口慣らししておきたいっていうか。ちょっと小腹が空いたから適度なもんをつまみたいって時、あるよね。今まさにそれだから」

「腹に肉がつくぞ」

「女子高校生になんて失礼なことを。お母さんはそんな子に育てた覚えはありませんよ」

やる気がなさそうな動作で現れた唯は、腹部を撫でるような動作で空腹をアピールしてくる。

何かくれ、と言われてもアルベルトの手元には自分用のプリンしかない。

悪いな唯、このプリンは一人用なんだ、というわけである。決して悟られて言葉巧みに嗜好品を奪われてはならぬ。

「冷蔵庫でもあさってみたらどうだ」

とにかくコイツの注意を自分から何かに移さないとならない。視界に入れるようなへたをこいたら、アルベルトの幸せがやつの胃袋の中に消えてしまうのだ。

その前に一口でも跡をつけて、プリンの所有者を決定づけねば。流石に人が手をつけたプリンを欲しがるような真似はしない、とは思う。

「冷蔵庫かーなんかあったかなぁー」

誘導につられのそのそと逆戻りしていった背中にばれぬよう中指をたてる。まんまと騙されおったな小娘。そう言いたげなアルベルトの瞳が机に放置されているプリンへ向けられる。数多の障害を乗り越え、

「あっごめんアルベルトさん言い忘れたことが」

「なん」

良いながらプリンの蓋をべりっと開く。蓋は既に一度開封されているかのように重みを感じさせない。

突然黙り込んだアルベルトの背中越しに、唯がそーっと手元を覗き込む。

甘い匂いとは似ても似つかぬ強烈な匂いを発していた。鼻の奥を抉るような激臭に、脳内がフリーズしている。

「間違えて多分アルベルトさんのプリン食べちゃったから代わりにカラシとソース大量にぶちこんだの忘れてたわ。いえードッキリ大成功ー」

ドッキリってのは本人が驚いた後にばらすもので、決して最中にするもんじゃないだろ―――

なんていうツッコミは忘れ、脳内が真っ赤に燃え上がったアルベルトが机を叩き折ったのと同時に、スプーンが宙をくるくると舞う。

見事な回転を披露しながら落下していったスプーンが唯の足下まで転がり、彼女はひくつかせた笑顔を浮かべながら一目散にその場から駆けだした。

修羅の表情で追うアルベルトの足裏がスプーンの持ち手を強く踏みつけ、もう一度舞い上がったスプーンが空しく誰もいなくなった部屋に転がった。

prev next
back

- ナノ -