「只今より会議を始めるまえに一言だけ言わせて頂きたいのですがそこのどぎついサングラス二人組は速やかに退室をお願いいたします」

「始まってもないのに退室促される俺ちゃんの気持ち分かったことある?ねえ?ねぇだろてめぇがとっととしっぽ巻いて出て行けこの能面ヤロウ!」

「あっはっは日蛇さんとアンタ出て行けだってー可哀想に甲斐田さんも鬼だねぇー折角来て貰って今から仕事についての会議するってのにー二人いなくなったらいつも通りの組内会議じゃーん」

「いや多分どぎついサングラス二人目は松っつぁんじゃねえかな?甲斐田さんの瞳はもろアンタに突き刺さってるぜ」

煙草の匂いがやけに酷く鼻につく。足立組本部の会議室の椅子に腰を落ち着かせているほぼ全員が喫煙者であるからだろう。

まだ成人したての猫丸に無縁の筈の副流煙が無性に心地良い。結局のところ煙草の匂いで隠せるものではないのだ、裏に潜んで生きる人間達に染みついた香りというものは。いくら漂白剤に塗した洗濯機につけようが返り血の跡が消えないように。

隣でぷかぷか器用に煙でドーナツを作っている同僚の日蛇が苛ついて机を叩きつけたが、室内の誰一人反応はしない。来客であるはずなのにざっくばらんな応対を受けたらキれたくもなるわな、と一人で苦笑いをかみ殺した。

本日ここに猫丸と日蛇が足立組に訪れたのには理由がある。近頃、この界隈で何やら怪しげな武器売買の動きがあるらしく、その調査のために同じヤマを追っかけている両組織が手を組むことになった。

元から交流がある両組織はお互いの情報交換の場としてこの場を設けたということだ。今日は足立組で行われ、また日を改めて猫丸達の本部で行われる。その記念すべき合同調査会議の初回だというのに、司会者の甲斐田の態度はあまりにも棘が生えていた。尖りすぎて逆に丸くなりそうな勢いだ。

「ではお手元の資料を御覧ください」

日蛇の威嚇を全く気にもとめず、甲斐田は資料を見るように促す。日蛇は鋭い舌打ちをかまし、プレゼン資料に視線を落とした。

「大まかに今回の騒ぎの渦中、武器売買グループ……仮に「A」として起きましょうか。「A」がいつ頃動き出したのかそこで鼻くそほじっている赤サングラスヤロウ分かりますか?」

「鼻くそほじってないでーす!えーうちの坊ちゃんのかわいらしさについてでしょー知ってる知ってる−」

「話ちっとも訊いてねぇな松っつぁん!ちっとも掠ってねぇよ!そんなこと言い出したらうちんとこの坊ちゃんもすっげぇ可愛いと思います!」

「猫丸チャンちと落ち着くにゃーん!あいつらのノリにのっちゃあ会議が全然進まないのは目に見え見えだからクールにいこっ!?」

会議机に身を乗り出そうとした猫丸の襟首を慌てて掴んで引き戻す。跡取り息子の話をしだしたらとまらないのはお互い様の筈なので、なるべく触れないようにしていこうと思ったのに早速ぶっ込んで来やがった。

今回の会議が無事に終わることはきっとない。先程からこちらを睨み殺さん威力で睨み付けてくる甲斐田にビッと中指を立てながら、日蛇は灰皿に煙草を押しつける。

「そんで武器売買グループ……「A」だったかにゃん?「A」の活動内容とか主にどんな武器を仕入れ売り捌いてるのかそれはご存じだったりすんの??」

「残念ながらまだこちらは活動範囲ぐらいしか絞れていないのです。バイヤーを急ぎ特定中なのですが……」

「ふっふっふ能面ヤロウが俺の靴を舐める時が来たにゃん……!?」

「会議後に何の技をかけられたいか決めといてくださいね」

「ノーバイオレンス!……切り札だすにゃん!」

「俺に命令すんじゃねぇ気色悪いからこっち見んな」

「俺ちゃんの味方が何処にも居ない件について……」

ぐすん、と顔を両手で覆い隠してしまった日蛇に、猛烈にカチンときたのでとりあえず肩を殴りつけて猫丸が鞄から資料を出す。ホッチキスとめした簡易的な仕上がりだが、この場においては充分だろう。

「此処に俺達が集めた「A」についての情報が簡易的だがまとめてあるぜ。「A」の活動範囲はまだ特定できてなかったから、あんたらの情報と合致させたらいいところまで分かったりするんじゃねえか」

甲斐田は猫丸から手渡しで受け取り、ざっと内容に目を通す。眉間に皺を寄せて流し読みし負えた甲斐田の口から軽く息が零れた。

「貴方のところには良い部下がいるらしい。うちの阿呆と変えて欲しいぐらいだ」

「ホントうちのエセエリートとチェンジしてほしいなー毒舌しか言わないこのクソポーカーフェイスと是非チェンジしてー!」

「有り難うございます橘さん。貴方とは良い仕事ができそうだ。赤松と日蛇さんはくたばれ」

「矛盾した言葉が俺を襲う!」

「ほらそういうところー!理想の上司ワーストランキング1位は伊達じゃないねー!ちなみに当社比ですー!」

ぎゃーぎゃーわめき立てる二人とは別に、甲斐田は尊敬に満ちあふれた眼差しで猫丸に悪手を求める。苦笑したままその手を握りしめた。

「全く世知辛い世の中にゃん!赤いサングラスのお兄さんもこんな鬼畜似非紳士の下で大変だねぇー」

「ホントそうなんだよー直ぐに人にプロレス技かけてくるしー人のこと無能無能って足蹴にしてくる癖に自分はちーっとも仕事できないんだからーホント口だけの人はまいっちゃうよねぇー」

「あの能仮面は気にくわんけど、赤松サンとならいいイタズラ…おっとお仕事できそうだにゃんー!」

「サングラスコンビはグラス割られたくなかったら静かにしててくださいね。口に出しすぎたら自らの愚かさを周囲に広めるだけなのでやめておいた方が宜しいかと。あっ馬鹿には日本語分かりませんでしたね申し訳ない」

「「このくそったれ詐欺ドマジがー!」」

「会議がちっとも進まなくて笑えねぇ……」

遂に暴力沙汰にもつれ込み始めた三人を遠巻きにしながら猫丸はスマホを取り出す。時刻亜hまだ午後4時。終了予定時間まで後2時間もあるだなんて、信じたくない。さっさと帰ってあったかいお風呂入って坊ちゃんといちゃいちゃしたいなぁ、と一人心地に思いながらも「A」の資料に再度目を通し始めた。

窓ガラスを派手に割る、銃声が会議室に飛び込んでくるまで、その騒ぎは続いたらしい。











「いずうさ」


「ウサギくん。君はケーキは好きかな?」

「へ?ケーキですか」

仕事に行く直前、イズミがふと思い出したように口を開いた。一人チェスの研究をしていたウサギは顔をあげて、ネクタイを整えている彼を見上げる。

穏やかな朝の光がカーテンから零れ出て、先程食べた朝食のトーストの香りがまだ室内に広がっている。少しだけ残ったスクランブルエッグの残りを口の中に片付けていたウサギを振り返り、うんと一つ頷く。

「今日は僕と君の記念日だからね。何か食べたいものや欲しいものがあるなら買ってこようと思って」

「えっ記念日……でしたっけ?!」

吃驚してスクランブルエッグを喉に詰まらせかける。とんとんと胸元を叩いて通しを良くし、なんとか死線は越えたところで考えた。今日はウサギの誕生日でも、ましてやイズミの誕生日でもない筈だ。

壁にかかっているカレンダーを見てみると、赤い丸が今日の日付につけられている。ますます混乱した。

ウサギがつけたわけではないから、きっとイズミが目印につけたのだろうが、一体何を指し示しているのか答えが出てこない。

うーんうーん、と腕を組んで唸りだしたウサギに、イズミは少しばかり不安げに眉を寄せた。

「……ごめん、いいオッサンが同棲一年記念日とか気持ち悪かったかな?」

「……あっ!」

合点がいったウサギはぽんっと手を叩く。同じマンションの自室を契約したダブルブッキングとして出会ったのはちょうど一年前。

初対面はほとんど他人で、不動産の適当さをとことん恨んだ。どちらかが退いて赤の他人のまま終わると思っていたのに何の因果かそのまま住む事になったのは今になっては不思議な出逢いだったと思う。

日々を共に過ごすことによりイズミはウサギのことを、ウサギはイズミのことを知っていった。まさかここまでお互いのことを理解し心地よい関係性を抱けるなんて考えもしなかった。イズミはその記念日をお祝いしてくれるつもりでいる。それだけで心が一気に温かくなった。

「サプライズとかしたかったんだけど……君には直ぐバレちゃいそうだからね。それならいっそ聞いた方がいいかなと思ったんだ。興ざめした?」

「いやいやそんなこと……!ていうか、え!?お祝い……」

「おめでたい日なんだから当たり前だろ。もしかしてウサギ君は俺と出会って嬉しくなかった?」

「そそそそんなわけないじゃないですか!意地悪言うのやめてくださいよ!」

「はは、ごめん。ちょっとイタズラしてみたくなっちゃって……それじゃあ、適当にケーキとワインでも買ってくるから、夜お腹すかせといてね。そろそろ仕事行かなきゃ」

身支度を完全に整え、髪の毛をなでつけた仕事モードのイズミが腕時計を見下ろした。もうそんな時間か。慌ててチェスの駒を片付けて玄関へ向かうイズミの後を追いかける。

「ああああの俺!」

「うん?どうしたの」

「俺!今晩早く帰ってきますね!楽しみにしてます!」

「ありがとう、大好きだよ」

イズミは加えかけていた煙草を思い返しようにケースに戻し、真っ赤になっているウサギに顔を寄せた。口づけされたのだ、と気づいた瞬間、もう最大のプレゼントを貰ってしまったなぁと何故だか負けた気分になったのだ。

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