京都遠征が終わりいつの間にか夏休みも終わってしまった。
課題と演習と訓練であっという間に時間はすぎて学校が始まる。

「燐、雪男!学校行くよー」
「おー」
「兄さん寝癖」

結局また廃墟寸前男子寮に戻った私は、以前と同じく燐と雪男との三人暮らしを満喫している。
部屋の掃除は夏休み中ウコバクがしてくれていらそうなので、男子寮には埃一つ見つからない。また何かお礼をしなくてはと考えながら三人並んで登校した。

***

正直興味が無いので眠たくなるような通常授業。
相変わらず真面目な勝呂くんが黙々とノートを取るのを横目にあくびを噛み殺す。
それと窓の外いる魍魎。今まで学園内で悪魔を見かけることなんてそうそうなかったが、メフィストさんは忙しいのだろうか。
京都遠征からすぐにクラーケン退治。クラーケンといえば、海神の一件で相談したいことがあるのだった。予定は付けられないだろうかとこっそり携帯電話を確認するが、よく考えれば来訪は常に向こうからだったので連絡先を知らない。
まぁ、塾で先生に聞けばいいか。と思考を打ち切り勝呂くんに習って真面目に黒板を書き写すことにした。

***

「あ、蒼井さん」
「三輪くんたち早いね〜」
「今日HRはよ終わったんですわ」
「どうしたの?そんなところで立ち止まって」

勝呂くんと並んで塾に向かうと教室前で燐と志摩くんと三輪くんが揃っていた。

「なんや今日塾休みらしいですよ?」
「ハァ?そんなんありか」
「最近忙しかったからじゃない?ほら、結界もほつれてるみたいだし。昼間から教室に魍魎がいるの珍しいから」
「はな見たのか?」
「見たって?」
「俺の教室にもいたから」
「今日はなんや先生らも忙しそうですからねぇ」
「雪男も授業終わったらさっさといっちゃったし」
「ともかく、今日は授業ないなら解散やな」
「あ、燐。先かえってご飯作っといて。わたしちょっとメフィストさんのところに用事あるから」
「肉使ってもいいか!」
「いーよ!」

廊下から昇降口までだらだらと喋りながら向かい、そこでみんなと別れて職員室に向かう。
普段と違って閑散とした部屋で手近な先生を捕まえて、メフィストさんに連絡をとってもらえば数分しない内にメフィストさんがわざわざ出迎えに来てくれたのには驚いた。

「わざわざすいません!!」
「いえいえ。レディを迎えに上がるの紳士のたしなみですから。でははなさん。お手をどうぞ」
「え?」

反射的に差し出された右手に右手を重ねる。
一瞬の浮遊感の後にそこはすでに寮ではなくメフィスト邸の一室であった。

「あの、メフィストさん。お忙しい所すいません」
「構いませんよ。ヴァチカンの会議で淀んでいた気持ちをはなさんを見て癒やされようという魂胆ですので」
「ヴァチカンで?なにかあったんですか?」
「ふふ、内緒です。ですか吉報をひとつ。奥村燐の処遇は現状保留。引き続き監視を続けるところに落着きましたよ」
「処刑の撤回までは」
「それはまだ難しいですね」

でもまぁ。あれだけの勝手をしてすぐ処刑をされないならば確かに儲けものだろう。
メフィストさんが椅子に腰掛け促されるまま同じように対面のソファに腰を下ろす。
テーブルには暖かな紅茶とクッキーが並んでいた。

「それで、はなさんのお話とは」
「実は、その。相談したいことがあるんですが」

熱海ビーチでのクラーケン討伐の際にあった海神との会話、現象を伝える。
とはいえ負傷して意識は朦朧とし、結局すぐに気絶してしまったので情報としては酷くあやふやだ。それでもメフィストさんは最後まできちんと私の話を聞いてくれたのだった。

「ほぉ、現場を確認できないのが手痛いですが、瀕死の海神がはなさんの血を摂取してクラーケンの擬態の8割を葬った。ですか」
「海津見彦様は私に守る力をお貸しくださいと言われました。私は、自分が人間じゃないことをシュラから聞いています。でも私自身が何者なのかを知りません。だかららこそ、メフィストさんに相談したくて」
「・・・あなたに頼っていただけたことは何よりも光栄です。ですが、私も長く生きたとはいえ知らないこともあります。時間はかかると思いますがよろしいですか?」
「ええ」
「ではひとまず。血液検査でもしておきましょう!」

パチン、と指を鳴らすと目の前には採血セットが有る。
もしや、とひやりと寒気が走った。

「あの、メフィストさんがするんですか?医工騎士の資格とかあります?」
「おや信用が無いですね。安心してください私はこう見えて結構器用なんですよ」

ホントかなぁと不安げな返事を内心でだけこぼしておとなしく腕を差し出す。
メフィストさんが直接手を触れることはなかったが、駆血帯が勝手に腕に巻きつきアルコールの染みたガーゼが肌をこすった。少し間を置いてからまたも勝手に宙に浮いた注射針が腕に刺さる。

「っ〜〜〜…たしかに器用ですね」
「乙女の柔肌に傷をつけるのは紳士に反しますからね。ではあとは少しもんで筋肉を解しておいてください。結果は後日お伝えします」
「ありがとうございます。あ、そうだ。ウコバクにもお礼を言っておいてもらえませんか?京都に出ている間部屋を掃除してくれてたみたいなので」
「構いませんよ。では私からもよろしいですか?奥村先生に定期健診の時期が来てると一言お伝え下さい」
「定期検診?」
「おや、奥村先生からお聞きでないんですか。じつは奥村先生には入団当初から定期的に検査を受けてもらっているんです。同じ胎から生まれ、同じ父を持ちながら奥村先生には魔障以外の悪魔的要素を受け継いでいない。まぁ経過観察のようなものです」
「・・・わかりました。伝えておきます」
「では寮まで送りますね。アインス、ツヴァイ、ドライ」

パチンと指が鳴って濃いピンク色の煙幕に巻かれる。
やはり浮遊感は一瞬で目の前には男子寮。漂う臭いに生姜焼きかぁと腹の虫が鳴った。

「りーん、ただいま」
「おう!おかえりはな!」


暗やみにくろい星

20160114 tittle by is