不浄王の一件が一段落し、騎士団や出張所の人たちは事後処理に忙しい。
候補生たちは休日が与えられ、京都を去る最後に京都観光が組まれた。
燐やしえみちゃん、神木さんに宝くんの行きたいところを考慮して勝呂くん、三輪くん、志摩くんの三人が行程を組んでくれる。
さすがは京都組。地元を完全に把握しているその一日の計画は一ミリの無駄がない。

「蒼井さんはいきたいところないんですか?」
「うーんここ!ってところも特にないしみんなと一緒ならどこでもいいかなって」

気遣い屋さんの三輪くんの一言に思ったことを返せば大人ですねぇ、となんだかしみじみ言われてしまった。

「はなちゃんは!今日は一日絶対手を離さないからね!」

しえみちゃんは不浄王戦の最中に瀕死の状態で単独行動を取った私をひどく叱りつけてずっと手を握ってくれる。離せばどこに行くかわからないんだもん!と涙ながらに行ったしえみちゃんまじ天使、と思ったのは私だけの秘密である。

「あはは、しえみちゃんごめんってば」
「謝っても許してあげない!」

頬を膨らませるしえみちゃんが可愛くて思わずほっぺたつんつんしていれば、しえみちゃんはすぐにふにゃふにゃと笑い出して「やめてよ〜」と柔らかな普段通りの表情に戻ってくれた。
三輪くんの案内で東寺、清水寺、金閣寺。伏見稲荷に鴨川と、京都の名所を巡りに巡り、最後の締めに京都タワー。全員の集合写真は、なんだか修学旅行みたいで楽しかった。
京都遠征も明日が最終日だ。最後はお世話になった虎屋に従事することになっている。
はしゃぎ疲れてすっかり寝入ってしまったしえみちゃん。一日中歩きまわって疲れた体は眠りたがっているけど、布団にいない神木さんの姿が気になった。
一人窓辺に座り、月明かりに照らされている神木さんはとても綺麗だ。

「きれい」

思わず漏れた声。はっと口元に手を当てるが音はすでに発せられている。

「なにそれ、嫌味?」

ツンと刺のある返事に、違うよぉ。と何とか返す情けない声。
神木さんはまだ眠らないようで、ここで布団に逃げるのはかっこ悪くて彼女の側に座り直す。

「神木さん、寝ないの?」
「寝るわよ。そのうち」

会話を広げる気はありません、という強固な壁が見て取れる。が、私も伊達に人生二周目していないのだ。この程度でへし折れるメンタルではない。

「あの。私、神木さんにお礼が言いたくて」
「お礼?なんの?」
「金剛深山で、行かせてくれたでしょ?」

多分神木さんも一緒に止めてたら私は雪男のところにはいけなかった。ほとんど気力だけで動いていたし、神木さんとしえみちゃんに抑えられたら動けるはずがなかった。

「だから」
「お礼なんていらないわ。私には、あんたがどうなろうと関係無かったもの」

神木さんはじっと外を見ている。月明かりが降り注ぐ神木さんの表情は視えない。

「うん。でも、嬉しかったの。神木さんが死ぬなって言ってくれたのが。勝手な親近感だけど、神木さんと私はちょっと似てるから」
「・・・どこがよ」

やっとこちらを向いてくれた神木さんは少しふてくされた顔だ。確かに、体型も面立ちも全然違う。どちらかというと綺麗、に分類される自分と日本人特有のすこし薄い容姿の神木さん。でも似ているのは見た目じゃなくて、心だ。

「神木さんも、私と同じで大切なモノのために戦ってるでしょ?詳しいことはわからないけど、神木さんも、自分の信念を絶対に曲げたりしないから」
「勝手なこと言わないで。あんたに私の何がわかるのよ」
「うん。わからないよ。だって私、神木さんのこと何も知らないから。本当は知りたいけど、話したくないなら聞けないなぁって思ってるし。でも、私。神木さんの事好きだから」
「はぁ!?」

神木さんの声に反応してしえみちゃんがもぞもぞと動く。二人して口をつぐんで様子をうかがうが、しえみちゃんは寝返りを打ってそのまま起きる様子はない。

「なにわけわかんないこと言ってんのよ!」
「ごめん。でもちゃんと言っておきたくて。私、友達とかいないし、他人に全然興味がないの。でも、家族はとても大事。燐と雪男。私は二人のためなら死ぬのも怖くない」
「・・・」
「でもね、祓魔塾に通うようになって、みんなといっしょに戦って。みんなのこと、すごく好きになったの。友達じゃなくて、仲間としてかな。神木さんに死ぬなって言ってもらえて、私すごく嬉しかった。神木さんの心に触れられた気がして」
「気持ち悪いこと言わないで」
「うん、気持ち悪いね」

思わず笑えてしまう。暴言を吐いているくせに、神木さんの頬は少し赤い。

「あの時、私の無謀を許してくれた神木さんも、きっと私と同じなんだってわかっちゃった。大切なものの為に戦ってる。そうでしょ?」
「・・・」

沈黙は肯定であるのが常だ。神木さんは押し黙ったまま何も言わなかった。

「だからね、私お礼がしたいの。命は使ってあげられないけど、困ったときはいつでも言って。私、神木さんの手伝いするから」
「・・・いらない。私は一人で戦える。仲間なんていらない」
「うん。じゃあ、利用していいよ」

わけがわからないと視線だけで訴えられる。

「私は神木さんが好きだから協力する。神木さんは私のこと嫌いでも構わない。でも一人で戦うのが大変なときはいつでも言って。私、協力するから。都合の良い戦力といて使っていいよ」
「・・・あんた、本当に馬鹿なの?普通に考えて吊り合いとれてないじゃない」

疲れきったような表情でそう言われてしまうと何も言えなくなる。でも、言いたいこと言ってしまったから自分的にはスッキリしてしまった。

「じゃあ、一つだけお願いしてもいい?」
「聞くだけ聞いてあげるわ」
「出雲ちゃんって呼んでいい?」
「はぁ!?」
「おやすみ!出雲ちゃん!」
「ちょっと!」

捕まえられる前にさっさと布団に潜り込んでしまえば出雲ちゃんの盛大なため息が聞こえた。
でもすぐに否定しなかった分、許容してもらえたという確信がある。

「出雲ちゃん。今日の約束、死ぬまで有効だからね」
「あんたと話してると疲れるわ。私ももう寝る・・・」

衣擦れの音。沈黙。しえみちゃんの寝息。
こうして京都での最後の夜が更けていった。


蜂蜜は毒にもなるのです

20150830 tittle by is