小さな音を立てて、麩が開けられる。
昼間たっぷりと寝たおかげで眠気は来ておらず、月夜に浮かび上がる影に向かって呼びかけた。

「燐?」

影がびくりと動いて、それからゆっくり顔を出す。

「お。起きてたのか?」
「うん、寝付けなくて」

燐はもぞもぞと居心地悪そうに廊下に佇んでいる。おいで、と短く告げれば、燐は大人しく部屋に入ってきた。

「怪我、したんだな」
「そうだね。でも痛み止めがあるからそんなに痛くないよ」

首に巻かれた包帯が痛々しいだろう。足の怪我はいくらでも隠せるが、こればかりは隠せない。
燐の青い瞳が涙で歪んで、泣き出す前に両手を広げた。

「おいで」

少し迷った視線は静かに伏せられ、それから燐はおとなしく私の胸に飛び込んでくる。
衝撃に寄るほんの小さな痛みと、その体温の暖かさか体に染みる。

「なんで、勝呂のとーちゃんと待ってなかったんだよ!」
「・・・ごめんね」
「心配、したじゃねーか!」
「うん・・・ごめんね」

涙に濡れた声。暖かな息が胸にかかる。強く抱きしめ返せば、燐はそれ以上何も言わずしばらく嗚咽をこぼし続けていた。

「燐、頑張ったね」
「え?」
「燐の炎が、たくさんの人を助けたんだよ。私も、雪男も、明陀の人も、騎士団も、京都中の人が、燐のおかげで助かったんだよ」
「あれは、烏枢沙摩が助けてくれて・・・」

目尻を赤くしながら燐がはにかむ。
それでも、小さく震える拳が目に付いた。

「俺、はなに言わなきゃならないことがある」
「・・・なぁに?」
「俺は、サタンの仔で人間じゃない。俺は、青い炎から逃げられない」

胸を突く言葉を、燐はどんな気持ちで紡いでいるのだろう。
私はただその言葉を聞くことしかできない。

「でも、はなのおかげでこの力を受け入れられる。はなが、俺に優しい力の使い方を教えてくれたから」
「燐・・・」
「俺は、またはなを傷つけるかもしれない。炎に飲まれるかもしれない。それが怖いんだ。嫌なんだ。はなや雪男たちを傷つけたくなんかない。本当は、こんな力欲しくない。でも、これも俺なんだ。この力も、どうしようもないくらい俺の一部なんだ」

震える拳に手を重ねて、びくりと揺れた燐の瞳としっかり視線を重ねる。
青い瞳。悪魔んかじゃない。優しい、燐の瞳だ。
ゆっくりと涙が滲んで、こぼれ落ちてしまいそうな瞳が泣いている。

「でも、俺、はなと一緒にいたいんだ。傷つけるかもしれなくて怖いのに、お前を手放したくない。ずっと、一緒にいたい。お前がいなきゃ、だめなんだ」
「うん」
「はながいてくれたから、俺は、俺でいられたんだ」

掠れていく語尾。こぼれた涙が浴衣の襟元を濡らす。

「私たちは弱い。だから、支え合ったり、助け合うことが大切なの。燐、あなたが私を必要としてくれるみたいに、私も、雪男も、あなたを必要としている」
「はな・・・姉・・・」
「そう呼んでくれるの、ひさしぶりだね」

兄貴風を吹かせて燐はいつも矢面に立って私や雪男を守ろうとしてくれていた。
甘えたいこともあったけど、ふざけたり砕けた様子で甘えようとはしなかった。
獅郎さんのこともあったからだろう、炎の暴走のこともあったからだろう。
燐の弱音をぶつけられたのは、本当に、ひどく久しぶりだった。

「私たちは家族だもの。ずっと一緒よ。燐、私は、何があっても二人のそばを離れない。ずっと前にも言ったでしょ?私は、どんなことがあっても燐の味方だよ」

たとえ傷つけられたって、私は燐と雪男の味方なのだ。二人を守るためならなんだってできる。

「大好きよ、燐。私たちを助けてくれてありがとう」

人間の部分も、悪魔の部分も、全部まとめて燐なのだ。
小さい頃からずっとずっと一緒にいた、燐の一部なのだ。
それを見ないふりしてないものにすることはできない。だってそれも燐なのだから。
私は全部ひとつにいまとめて抱きしめるように、もう一度燐の体を抱きしめた。

「ずっと、一緒よ」

返事はなかった。
でも、背中に回された、力のこもった腕が私を抱きしめるのが答えだった。


そのさまはうつくしい人間です

20150512 tittle by is