「はなさん、起きてますか?」
「うん、起きてるよ」

襖の向こうからかけられた声。
返事を返せば少し躊躇いがちに襖が開かれる。雪男はこんな夜更けにも制服のままで、それでも少し微笑んで部屋に入ってきた。

「傷は?」
「大丈夫だよ。鎮痛剤も効いてるし」

そうはいってもやはり喉に巻かれた包帯が痛々しいのだろう。
雪男の視線はそこに縫い付けられていて、表情からは自責の念が汲み取れた。

「雪男、私、後悔してないよ」
「なにを、ですか?」
「雪男を守れたこと。だから、怪我なんて気にならないよ」

そう言った瞬間、雪男の表情が歪む。
失敗してしまったと思うけど、それでも、本心なのだ。
自分はどれだけ傷ついたって構わない。だから、燐と雪男には無事でいて欲しいのだ。

「僕は、嫌だ。自分の所為ではなさんが傷つくなんて」
「私も同じくらい嫌だよ。それに、燐もきっとそう思ってる」
「・・・どうして、うまくいかないんだろう」

悔やむように奥歯を噛み締め、俯いてしまった雪男。
苦しげに言葉を吐く雪男は、十五歳なのだ。まだ、たったの十五歳なのだ。
燐だって同じ。
どうしてこの子達が、こんな苦しい思いをしなければならないのだろう。

「泣かないで、雪男」

腕を伸ばし、柔らかな黒髪を撫でる。
涙が伝ってはいない頬に指先をすべらせれば、雪男はすがりつくようにその手を抱きしめた。

「僕は・・・はな姉さんや・・・兄さんがいなくなったらどうすればいいんですか・・・!僕はっ・・・一人は嫌だっ・・・」

吐き出された雪男の弱さ。
誰よりも強固な鎧を纏うことを宿命づけられた、いや、自らその鎧をまとった雪男。
獅郎さんに変わり、私と燐を守ろうとする。たった十五歳の、子供。

「私はいなくなったりしない。ずっと一緒よ。燐だってきっと」
「けれど兄さんは!自分が魔神の仔だと言ったんだ!!僕は!僕はっ・・・!」

こわい、そう言葉にならなかった空気の塊が心臓にぶつかる。
抱きしめた雪男の体は震えていた。
人間の雪男。悪魔の燐。そして、どちらでもない自分。
ちぐはぐで、寄せ集めの私たちは身を寄せ合うようにして生きてきた。
誰ひとり失いたくないと思うことは当然で、けれど、成長して、視野が広がるたびに自分たちの相違点を見つけて絶望する。
何も知らないままの子供ではいられない。
私達は同じではなく、恐らく、何一つとして同じではない。

「雪男。私たちは家族だよ。血が繋がらなくたって、同じ生き物じゃなくたって。一緒に過ごした時間は確かに本物だよね?大事だって思った気持ちは嘘じゃないよね?」
「・・・はい、」
「私たちは、同じじゃない。でも、お互いを大切だって思う心は同じだよ」

努めて柔らかい声で雪男に声をかける。
頼ることを忘れてしまった、愛しい弟の背中を撫でる。

「離れていても、一緒にいても、きっとつらいことは沢山ある。目を背けたくなるような現実かもしれない。でも、だからこそ。私は二人と一緒にいたい。二人と一緒なら、私はどんなことにも耐えられるから。わがままだけど、ごめんね。私は二人と家族でありたい」

すん、と鼻にかかった音がする。
泣いているのかと聞くのは野暮だった。だから私は力を込めて雪男を抱きしめる。
もっと強い力で抱きしめ返されて、幸せの息苦しさを感じた。

「僕も、ずっと兄さんと姉さんと一緒に居たいんだ・・・」

離れないでと言わんばかりの小さな子供の声音だった。
きっと、それは雪男の真実だろう。
嬉しかった。
もう一度、雪男の心に触れられたことが、嬉しかった。


茨の君を抱き締める

20150408 tittle by まほら