「だから、死にかけたのね」 まるで他人事のようにつぶやいた言葉に、シュラは「あぁ!?」とドスの効いた声で反応する。 「達磨さんが藤堂に襲われて、助からないと思ったの。でも、何とか助けたくて、どうしたらいいかわからなくて。メフィストさんがこの指輪が特別だって言うから、なにか、力があるんじゃないかと思って」 「指輪を外したのか」 ひとつ肯けば、拍を置かずに音を立てる溜息。シュラは頭を抱えて酒を飲む。 「死んで欲しくないって、思ったから」 「それで、和尚は助かりお前は死にかけた、か。勝呂たちの到着が遅れてたら、お前本当に死んでたぞ」 死、というおぼろげな存在が、まるで影の中に潜むような心地で怖かった。 そして、わけもわからない自分のことが、同じくらい怖かった。 「はな。悪いがあたしは獅郎ほど頭はよくないし騎士団での立場もあっておおっぴらに動けない。お前にしてやれることは少ないしフォローに回れるかもわからない。けどな、ひとつだけ約束してくれ。この先その指輪を外すな」 「でも、これで誰かを助けられるならっ・・・!」 「代わりにお前は死んでもいいのか!?お前までいなくなったら、あたしは・・・!!」 言いかけシュラは下唇を噛む。 言葉の続きは出てこない。シュラはゆっくりと手に込めていた力を抜いた。指輪に熱はもう篭っていない。そのかわり、シュラの手のひらの体温が滲んで移る。冷えていた指先は、だんだんと熱を取り戻し始めていた。 「その指輪を外せば確かに他人の傷を癒すかもしれない。けど代わりに、確実にお前が死にかける。サタンのような高位の悪魔が物質界に存在できないように、お前の力が高まればそれと同じ原理でお前は物質界に留まれなくなる可能性がある。今回のことを思えばそれは間違いない」 「シュラ」 「はな、頼む。約束してくれ。自分が死に掛けない限り、もう指輪を外すな」 項垂れるシュラの語尾が震えていた。まるで泣いているようで、私はたまらなくなってシュラの体を抱きしめた。 「ごめん、シュラ。ごめんね」 「馬鹿野郎っ・・・返事!」 「うん。外さない。もう無茶しないから」 「嘘つけ」 即答で帰ってきた答えが笑えてしまった。確かに、約束なんてできないんだから。 たとえ死ぬかもしれなくても、私は燐や雪男と自分の命を天秤にかければ、選ぶ方なんてずっと前から決まっている。 そして、シュラもそれを知っている。 「指輪のこと、教えてくれてありがとう」 「いや、あたしこそ伝えるのが遅くなって悪かったな」 「ううん。そんなことない」 もっと早く知っていれば、私はとっくに死んでいたかもしれない。 知らない方が良かっただろうか。いつか、自分も人間じゃなくなってしまうなんて。 たとえそれが悪魔じゃなくても、人間じゃなくなるかもしれないという事実は、やはり怖かった。 「ねぇ、シュラ?」 「なんだ?」 「あのね、私、人間じゃなくても、今までどおり友達でいてくれる?」 バカみたいな質問だと自分でもわかってる。 センチメンタルな気分だったんだ。 甘えていたんだ。 シュラは、優しいから。甘えていたんだ。 「馬鹿野郎」 三度目の馬鹿呼ばわりは、酷く優しい響きを含んでいる。 「当たり前だろ、はな」 ほんのりと涙が滲んだ目尻をお酒のせいにして、シュラは笑った。 たったひとりの悪友は、私の髪をグシャグシャにして乱暴な力で抱き返してくる。 「人間じゃなくなったって、はなはあたしの大事なダチだよ」 いつもは苦手な酒の匂いが、今はなんだかすごく幸せだった。 生きている実感と、満たされる心地。 私、ずっと人間でいたいよ。 とても似ていて、でも違う。 燐も、こんなふうに苦しんだ んだろうか。 そんな考えが浮かんで消えて、私はシュラの腕の中でほんの少しだけ泣いた。 星も泣く夜のこと 20140710 tittle by 徒野 |