「調子はどうだ」 「シュラ!」 一人部屋で寂しく夕食を終えた後やってきたのは、相変わらずほとんど裸見たいな寝巻き姿のシュラだった。 いつも結い上げている髪は解かれ、赤毛を揺らして襖の傍に佇み笑っている。 「足はまだ熱持ってる程度だけど、重症でもないし大丈夫」 「お前の大丈夫はあてにならないんだよ。勝呂たちに聞いたぞ?お前、死にかけてたらしいじゃねぇか」 思わずうっと言葉に詰まる。 実際自分でもなんであんな状況になったのかわからないので反論のしようがない。居心地が悪くて薬指の指輪を撫でれば、シュラは私の傍に座って首に巻きつけられた包帯を見つめる。 「迦楼羅を食った相手に、この程度の傷で済んで・・・悪運の強い奴だな」 「だって、私まだ死ねないから。二人を守るって決めたから。だから、死なないもの」 「馬鹿野郎」 失敗した苦笑は見たことのない表情だった。ほろ酔いのせいか、すこし涙目に見える。シュラは持ち込みの徳利から酒を煽ると、心配かけさせやがって、と吐息と一緒に吐き出した。 「お前に、話しておかなきゃならないことがある」 「・・・なに?」 真剣な表情の瞳は、何故か不安に揺れていた。燐のことだろうか。それとも雪男? 目まぐるしく駆ける嫌な予感に心臓が痛む。シュラは私の左手を握り締め、指輪を隠すようにして視界から消す。 「獅郎がどうしてお前にこの指輪を渡したか、教えてやる」 「えっ」 意外な言葉だった。 あの夜途切れた手紙の続きを、まさかシュラが知っていたとは。期待に膨らむ考えは、同時にシュラの沈んだ表情に空気が抜けてしぼんでいく。 「覚えてるか?昔お前が訓練生になりたての頃、アタシと獅郎と三人である山の土地神を殺した任務」 「覚えてるよ。忘れるわけがないじゃない。初任務であんなのの相手させられて」 「お前はあの時も死にかけてた」 「えっ?」 あの時は、最後に気を失って気がついたら支部まで戻っていた記憶しかない。死にかけただなんて誇張だろうと思ったが、シュラの表情は真剣そのものだ。 「あの時も、それと燐の炎で身を焼かれた時も、お前は助からないはずの傷を負いながら生きて戻った」 「それは支部で治療を受けたからでしょ?」 「んなわけあるか。祓魔師が悪魔の力を使役するといっても悪魔に治癒の力はほとんどない。お前の体には、その真反対の力が宿ってる」 どういうこと。そう問い返そうとする喉がカラカラに干からびている。 シュラの手に覆われた下で、指輪に熱が宿った気がした。 「お前は、人間じゃない。いや、人間かもしれない。でもいずれ、人間じゃなくなる存在だ」 「シュラ、笑えないんだけど、その冗談」 「冗談じゃない。あたしも、獅郎も、お前のことを理解しきれていない。だから隠したんだ。獅郎はメフィストにもお前のことを伝えなかった。獅郎はお前を守ろうとしてたんだ。その指輪がなけりゃ、お前はとっくに死んでる」 「待ってシュラ。意味が、わからない」 わずかに震える私の手を、シュラの手が握り締める。 「お前は天使文字が読める。聖痕もないのにだ」 「そんなの」 「誰にでもできるわけじゃない。天使文字を読めるのは騎士団にも数人いるかいないかだ」 「わたし」 「お前の体は、死にかけると天使文字の力で自然治癒する。あたしはそれをこの目で見た。それと、雪男もだ」 あの日を境に距離が起きたのは、自分も人間ではなかったからなのだろうか。 不意に生まれた疑心は、一瞬にして胸の内に黒く広がる。しかしその思考に専念するよりも早く、シュラの言葉が続けられた。 「お前に宿ってるのは特別な力だ。詳しいことは本当にあたしも獅郎もわからなかった。ただひとつわかるのは、その力は確実に威力が増している。最初の任務でお前の腹をえぐった傷は治るのに数分かかった。けど燐に焼かれた全身の傷は数秒で治った。獅郎の仮説では、はな、お前の魂自体が天使に近いものならいずれ人間の器に収まりきらなる。お前自身が悪魔にとっては格好の餌だった。だから獅郎はお前に聖遺物の銃や天使の書なんて与え、少しでも脅威になる悪魔を遠ざけ戦う術を教えた。けどそんなものじゃすぐに限界が来る。逆にその力を封じ込めるしかなくなったんだ」 あまりの話についていけない。思考が停止し、言葉も返さない私の手を握り、シュラはジッと私の瞳を覗き込む。 「その指輪はニーベルングの指輪という。伝説では呪われた指輪だが、一度ラインの川に返されて呪いの解かれた指輪は眠りと目覚めを繰り返す黄金そのものに還った。その指輪をつけている間はお前の力は封じられ、外すことで再び力を発揮する。けどその指輪は蛇口の役割みたいなものだ、外せば止めていた分の力が溢れ、何が起こるかわからない」 その言葉に思考の泡が弾ける。 あの瞬間、まるで本能のように至った考え。その正しさが証明され、現実味を帯びなかった事実がようやく胸の中に収まった。 眠たくなくても木馬は回る 20140601 tittle by 徒野 |