「ふざけるな!!」

あたりが凍りつく雪男の声。骨のぶつかる鈍い音。息を呑む。叫びだそうとした声は喉の奥に逃げ込んだ。

「自分の状況が判ってるのか!?」
「ゆ、雪男っ」

なんとか放った声はあまりにも弱々しく、風に消されるような頼りなさだ。興奮して肩を上下させる雪男と反対に、燐は、酷く冷静で、静かな声だった。

「判ってるよ。やっと判った。俺は、やっぱり魔人の仔でこの炎から逃げることはできない。ずっと向き合うのが、認めんのが怖かった。でも、それじゃダメだっ、た・・・んだ、よな・・・」
「兄さん!?」
「燐!?」

気を失うようにして崩れた燐の体を雪男が受け止める。きっと力を使いすぎたのだろう。みんな、そうだ。疲れきっている。なにもかも、疲弊して、うまく収まったけれど、危なかったんだ。
へなへなと力が抜けて崩れる私のそばにシュラがいた。何か言っている。聞こえない。ヘリコプターの音が、うるさく響いているのに、まるで私も眠るように意識を手放していった。


***


「起きたか」
「すぐろ、くん・・・?」

目が覚めてすぐ観るのが燐と雪男以外というのはなんだか不思議なものだった。体を起こそうとした瞬間体に走った痛みに「まだ寝とけ」と押しとどめられる。

「あの後、どうなったの・・・?」
「おん、みんな無事や。奥村もな」
「よかった・・・」
「それよか」

ぎらっ!と鋭くなった勝呂くんに睨まれ私は蛇に睨まれた蛙よろしく居竦まる。

「お前は何しとんねん!瀕死やったんやぞ!?和尚と大人しゅうしとけ言うたやろ!!」
「で、でも」
「でももなんもあらへん!こない・・・怪我までして・・・っ!!」

喉み巻かれた包帯と、右足に残る熱。痕が残るかもしれない。けれど、命があるのだから十分じゃないか。

「・・・勝呂くん。ありがとう」
「なんの礼や」
「私のこと、助けてくれたでしょ?それに、燐を信じてくれてありがとう。みんなを助けてくれて、ありがとう」

ありがとう、自然とこぼれ落ちていく言葉に勝呂くんはほんのりと顔を赤らめた。

「聞こえとったんかい」
「ぼんやりとね」

言えば恥ずかしそうにそっぽを向いた勝呂くんは話題を変えるために一瞬私の喉のあたりを見つめる。

「火傷の痕、残るかもしれへんで」
「そうだね。しかもこんな目立つ場所」
「蝮だけや飽き足らず、藤堂。ほんま最低のクズやな・・・」
「キズモノにされちゃったなぁ。なんちゃって」
「安心しぃ。貰い手が見つからへんかったら、俺が貰たる」

えっ、

問い返そうとした瞬間、首まで赤くした勝呂くんを見てしまえば何も見えない。
全身に熱が駆け巡って、目眩がしそうなほど熱くて苦しい。胸が、詰まる。
言葉がうまく出てこない私を置いて、勝呂くんはすくっと立ち上がって襖に手をかけ立ち止まった。

「あ、明日、奥村が京都観光言うてたさかいな。しっかり休んで養生せぇよ」
「う、うん」
「ほなな。ゆっくり休み。はな」
「は、はい」

ぱたんと音を立てて閉じられた襖。それからじわじわと広がる熱、どうしようもない照れと羞恥。バカみたいに顔を赤くした、まるで中学生日記のような自分の反応に耐え切れず、真夏の昼間だというのに私は布団の中に潜り込んで奇声をあげて暴れまわってしまった。


月面着陸

20140429 tittle by まほら