響いた銃声に、痛む体に鞭打って身を起こす。肌に張りつく髪をかき分け、滲む視界の先に向かって叫ぶ。

「雪男!!」

泥のような藤堂の腕が、体が、雪男にまとわりついている。武器は手元にはなく、体が痛んで動かない。押し倒された雪男の首に藤堂の腕がかけられていて、私が走り出すよりも早く錫杖が藤堂の体を貫いた。

「最後に聞いてやるクソが。お前は誰で何が目的だ」

底冷えするような声に、私は我知らず震え上がった。そこにいるのは確かに雪男だ。私のよく知る雪男だ。そして、私が知らないあいだに傷つき、変わってしまった雪男だったのかもしれない。

「いいね。実にいい表情をしている。悪魔の顔だ。それが君の本性だよ」

短い間の後、雪男は何か一言つぶやくと銃のカートリッジが空になるまで藤堂の体に銃弾を撃ち込んだ。
泥はもう動かない。

「・・・おい、大丈夫か?」
「雪男・・・」

荒い息を吐いていた雪男は、ゆっくりと深呼吸をすると銃をホルスターにしまい、大丈夫です、と呟いた。

「奴はすぐ復活する。捕獲は諦めたほうがいい。全力で逃げるんです」

泥と灰を混ぜたような藤堂の体は既にない。逃げおおせたか。それよりも、膨らみ続ける不浄王の瘴気が破れた結界から漏れ出している方が気がかりだ。

「燐、勝呂くん・・・」
「お嬢!急ぎますえ!!」

兎に角、今はもう私たちに出来ることはない。
今出来ることは、ただ本陣に向かって逃げることだけだった。

「あの形、“火生三昧”や。俺が呼び出したんとはケタ違いやぞ・・・!」
「燐・・・!」

先頭を走る柔造さんの声。見上げればそれは青い炎。形は違えど見紛うはずがない。あの炎の色を、この世界で扱えるのはきっとあの子しかいないのだから。
瞬間、雪男は抱えていた明陀の人の体を放り出して走り出す。柔造さんの声を無視して、私は雪男と一緒に走り出していた。
こういう時、やっぱり男女の差を痛感する。雪男は藤堂との戦いがあったとは思えない体力で、速度をぐんぐん上げて私を置いていってしまう。その山中を走る最中、青い炎が私たちの目の前に迫り来た。
恐怖は、微塵もない。
だってそれは、とても暖かくて、優しい炎だったから。
一瞬足を止めれば、燐の体温を感じた気がした。
山膚の木々や草木を腐らせていた不浄王の飛沫は、燐の炎に焼かれて消し飛ぶ。

「燐・・・」

優しい力の使い方を、出来るようになったんだね。

胸の中で広がった温かいものが溢れてしまいそうで、私はもう一度走り出す。
今すぐ、燐を抱きしめたかった。
偉いねって褒めて、今までの空白を一刻も早く埋めてしまいたかったから。


宝石のルルベ

20140220 tittle by 徒野