私たちがランドセルを卒業する頃には、修道院の中は随分代わり始めていた。
雪男は獅郎さんの仕事に同行する事はとても多くなり、燐は私から料理を習うようになった。
家事を分担しようという燐の優しい心意気は、卵さえ上手に割れないレベルだったが優しい心が私はすごく嬉しかった。今では私にも勝るとも劣らない腕前で、雪男の方は生傷が耐えなくなった。誰かにやられたわけじゃない。手のひらの血豆や膝小僧の擦り傷。大きな傷はなかったものの、あまりに多い。
燐には気づかれないようにしているが、私は気になってしょうがない。
聞いたところで、雪男は笑顔で「大丈夫だよ、気にしないで」としか言わないのだから。
胡散臭い笑顔に、腹が立たないはずがない。

「ねぇ、もしかして獅郎さんのお仕事って危ないんですか?雪男はまだ12歳ですよ?」
「もう、の間違いだろ〜?いやぁ、はなも雪男も燐も大きくなって。中学の制服が大人っぽいぞ!」
「はぐらかさないで」

私は獅郎さんの鼻をつまみ上げる。いい年した大人が簡単に涙目になるものだから呆れてしまう。

「獅郎さん。私は獅郎さんが私たちに心配かけさせたくないって分かってたから今まで祓魔師のことを深く聞きませんでした。でも、雪男が生傷が耐えなくなる仕事なら、いい加減なにか一言あってもいいんじゃないですか?昔に比べて怪我の頻度が減ったって言っても、無傷な訳じゃないんですよ?まさか私が気付かないとでも?燐じゃあるまいし」
「・・・」

気難しげに押し黙る獅郎さんに溜め息が漏れてしまう。
私は見た目通りの12の小娘じゃあないのだ。

「私は見た目は子供ですが中身は22になりました。あなたの庇護を受けるだけの存在じゃあないんです。私は獅郎さんのお手伝いがしたいんです」
「駄目だ!はなは・・・駄目だ」
「ならどうして雪男なんですか?悪魔を見て泣くような子供が、毎日怪我をして、嘘まで上手くなって・・・私や燐には何もいってくれないの?私はそんなに頼りない?頼る価値もないの?」

最近の雪男は、笑い方が下手になった。
昔は嘘ひとつ吐けない子供だったのに、今やなんでもかんでも張り付いた笑顔で嘘を隠す。
燐は気づいていないが、私はそうもいかない。
気付いてないフリも、いい加減耐えられない。

「燐に言いつけますよ。ふたりが私たちに隠し事してるって」
「おまっ!」
「燐には、知られたくないんですね」

カマをかければ以外に容易い。
むしろ、逆に神経を張り巡らせているのか。
獅郎さんは観念したように頭を抱える。

「・・・雪男には、燐を守ってもらうために強くならなくちゃあならないんだ」
「雪男が?燐を守る?いったい何から?」
「・・・長い話になる。燐と雪男の、すべてを話そう」

重苦しいほどの獅郎さんの声に、私は深く息を吸う。
夜はまだ長い。
私はふたり分のコーヒーを注ぎ、ふたりの始まりの物語を聞くこととなった。


うつくしい砂漠

20110727 tittle by ルナリア