「四人分の足跡がここで消えとる・・・。藤堂、蝮、和尚。もう一人は誰や・・・?ここで一体何が」 降魔堂の前に立ち竦む柔造。 今日まで座主以外の侵入を頑なに拒んできた降魔堂へ、一歩踏み出そうとしたその時だった。 大地が揺れ、土が盛り上がる。急いで身を引けば、地面から飛び出してくる人影に目を疑った。 「和尚!!蝮も・・・それにお嬢!?」 「柔造か!!」 「達磨さん早く!!来てます!!」 私と蝮さんを抱えたまま達磨さんが高く跳躍する。 その一瞬前までいた場所から、苔緑の粘液をまとった不浄王の肉体が外界へと乗り出してしまった。 「うおおお!?」 「柔造!!そん飛沫に気ぃつけえ!」 「!?」 急速な勢いで勢力を拡大し、膨れ上がる不浄王の末端。吐き出す瘴気はまだ少ないものの、触れれば肉を腐らせるだろう。 「何やあれは!!」 「柔造、ええとこ来た。八百造の機転やな、助かったわ。ここはええから蝮連れて出張所に助け呼びに行ってくれへんか」 「連絡します!!あの化け物は一体何なんです!?」 「それは蝮が知っとる。不浄王の右目を体に入れたせいで重症や。お前は蝮を私の代わりに父さんとこに返したってや」 「和尚は!?」 「私はここであいつを食い止める。蝮、お前がみんなに真実を話すんや」 「お、さま・・・」 「頼むで」 「わかり、ました・・・」 弱々しく答える蝮さんの頭を撫で、達磨さんは最後に優しい笑顔を見せる。 「おっさま・・・・」 「はよ行け!!」 「いくで蝮!おぶされ!お嬢も!!」 「私は残ります」 「なんやて!?」 達磨さんと柔造さんが一斉に振り向く。 達磨さんの険しい表情で睨まれると、ああ優しく私を怒鳴りつけた勝呂くんが重なった。 「私はまだ五体満足で体力も武器も問題ありません。不浄王だなんで敵に一人で向かわせるわけにはいきません」 「せやかて!!」 「柔造さん。蝮さんは一刻を争います。増援も早くしなければ手遅れになる」 「・・・っ!!和尚!!」 冷静に言い放つ私に柔造さんは青筋を立てながら達磨さんに言葉を求める。 達磨さんは強く瞑目した後、「死ぬかもしれんで」と囁いた。 「大丈夫です。私、死にませんから。命の使いどころは決めてるんです。だから、こんなところでは死にません」 だって私の命は、燐と雪男、二人のために使い終えると決めているのだから。 「・・・柔造、もう行け。はなちゃんは置いておき」 「和尚!!」 「時間がない!!あれはどんどん大きなる!!」 そう言い達磨さんは不浄王に向かって駆け出す。 和尚!と叫ぶ柔造さんに私は安心させるように笑った。 「達磨さんも死にません。絶対に、死なせませんから。さぁ行ってください」 「・・・お嬢、和尚と必ず、生きて戻ってください」 「はい。必ず。それと蝮さんにこれを。濃度を落としてある聖水です。薬草茶より強力ですが体内の瘴気を直接浄化するので痛みがありますが応急処置に飲ませてあげてください」 「いつのまにこんな・・・」 「私、こう見えて医工騎士の資格も勉強中なんです。もう二度と、大切な人を悪魔に奪われたくないから・・・」 聖水を詰めた瓶を受け取り、固く決意に唇を引き結んだ柔造さんは後ろ髪惹引かれる思いでこの山を下っただろう。 私は再び前を向く。 達磨さんの姿はあっという間に見えなくなっていた。 そうして私も追いかける様に達磨さんに続く。 肺を焼く瘴気を遮るために、私は聖書の一節を読み上げ抵抗した。 瘴気はだんだんと濃くなっている。不浄王の体も、この数分ですでに何十倍にも膨れ上がっていた。 長期戦に持ち込めば京都は滅ぶ。 背筋が寒くなるような重苦しい現実に、私は奥歯を噛みしめ駆けだした。 蟻喰いの眼 20130715 tittle by 徒野 |