出張所までの道は知らなかったが、大きな明かりが灯り決壊が張られた建物は存外容易く見つかる。
しかし祓魔師たちのざわめきよりも、一人その場を駆け足で去る人影のほうが気になった。

「・・・達磨さん?」

足は自然とそちらに向いていた。

「達磨さん!!」
「はなちゃんやないか!なんでこんなところに!」

立ち止まり、私が一人だと確認した達磨さんは険しい表情で「早う戻り、」と呟く。

「達磨さんは?」
「私はやらんなんことがあってな。それに、今燐くんが大変なことになっとる。霧隠さんがついとるけど」
「シュラがいるなら大丈夫です。それより。私は達磨さんが心配です。一人で何をなさるおつもりですか?」

たぶん、敵に応戦したか何かで燐が炎を露見させたに違いない。
シュラが燐をみすみす死なせるわけがない。あっちは大丈夫だろうが、達磨さんは一人だった。

「はなちゃんは明陀と関係あらへんから戻り」
「嫌です。私は、もう二度と手遅れなんかにしたくないんです」

もしあの時、もう少し私が早く修道院に戻っていれば、違う結果があったかもしれない。
今もし、私が達磨さんを一人で行かせてしまったら、取り返しが付かないことになる気がした。

「大丈夫です。私強いですから」
「・・・敵わんなぁ。流石藤本くんに育てられただけあるわ」

苦笑を零す達磨さんはさっと背を向けると、見返り気味に厳しい声で一言だけこう言った。

「時間がない。もしもの時は、堪忍やけど置いていくで」
「こう見えて体力はあります。お気になさらず」

そして夜の京都を駆けだす達磨さんを追って、私もまた走り出した。
目指す場所は金剛深山。明陀宗総本山元拠点、不動峯寺。
その奥にある降魔堂に敵が向かっていると達磨さんは言う。
元最深部の部長でありながら現在悪魔落ちした男。藤堂三郎太。そしてその男に利用されている明陀宗中一級祓魔師、宝生蝮。
達磨さんにとっては娘同然の子供の暴挙。その心境は如何なものかなど、私にははかり知ることはできないだろう。

「私らの父祖の不角はあまりに強大な不浄王を討つことが出来ず、なんとか封印することでその力を抑えることに成功した」
「っ、じゃあ不浄王の目が単体だけで強力な瘴気を発生させるのは・・・」
「そう、不浄王はまだ生きとる。150年間、ずっとや」
「そんな・・・!じゃあ敵が両目を奪ったとなると」
「狙いは瘴気をばらまくことなんかやない。おそらく、不浄王を復活させること」
「なんてことっ!!そんなことをしたら、京都に住む人たちが・・・!!」
「それをさせへん為に、私ら明陀の座主は今まで備えてきたっ・・・!!うっ」
「達磨さん!!」

山を駆け足で登っていたのだ。さすがに体への負担は大きい。
軽い身のこなしの達磨さんだったが、人間どうやったって寄る年波には打ち勝てない。

「はぁ・・・しんど!十五年前は軽々やったのにな・・・」
「援護します」

意識を落ちつけて聖書の一節を読み上げる。
疲労回復、身体能力強化。聖書には致死節以外にもこういった神の癒しが与えられる。

「すごいなぁ・・・はなちゃんは、藤本くんとは違う戦い方をしはる」
「そうですね。獅郎さんは竜騎士だったし。達磨さんは獅郎さんが戦ってるところをご覧になったことがあるんですか?」
「はは、まぁ初対面がすごかったからなぁ。不動峯寺までもう少し。藤本くんとの思い出話でもしながら行こか」
「もう、息切れしないでくださいよ?」

最初のころと同じくらいか、またはそれ以上の身軽さで走り出した達磨さんは、今登山道を駆け足で走っているとは思えないくらいの穏やかな声で、私の知らない、獅郎さんとの思い出話を語り始めるのだった。


十字架を味方に

20130628 tittle by 不在証明