「あ、蒼井さんオハヨー」
「志摩くんお早う」
「あれ。出雲ちゃんと杜山さんは?」
「神木さんは朝風呂って言ってたししえみちゃは旅館のお手伝いするって言ってたけど」
「ええ!?候補生今日休みやで。杜山さん働き過ぎやろ」
「しえみちゃん、じっとしてられないんだって」
「いやぁええ子やな杜山さん。それになんだかんだで旅館満喫しとる出雲ちゃんもかいらし!」
「はいはい」

日程ですでに休みを知っていたので朝はのんびりしてたら二人に置いていかれてしまった。
取り敢えず朝食を摂りに大部屋に向かう最中に志摩くんと合流した。

「奥村くんオハヨー。昨日ちゃんと部屋戻れた?」
「なにかあったの?」
「いや、奥村くん昨日霧隠先生にもろた缶チューハイ飲んで酔ってはったさかい」
「シュラめ」

ということは勝呂くんの缶チューハイもシュラのものだったのだろう。
彼女が好物を人に上げることはまずない。おそらく間違えて渡したのだろう。

「・・・覚えてねー」
「あっはっは。やっぱりなー。一応俺飲まんとって正解やったわー」

隣でへらりと笑う志摩くん。奥のテーブルでは焦った風にしている三輪くんと視線が合った。
けれど急いで逸らされた視線は、一瞬針を刺すように心臓を傷めつける。

「・・・お前、俺とフツーに喋っちゃってヘーキなの?」
「ああ・・・ははは・・・」
「れ〜〜〜ん〜〜〜ぞォオりゃ!!!」
「うわっ!?」
「いった!!!」

思わず逃げてよかった。
暴れ馬みたいな足音とともに背後からとび蹴りをかましてくるというとんでもない暴挙の犠牲になった志摩くんは、畳の上に顔面スライディングをして倒れ込んでいた。
しかしこの声聞きえ覚えがある。
今しがた志摩くんが座っていた場所を見上げると、そこにいたのは昨日の金髪の青年だった。

「げっ」
「あ!!!お前昨日のヤツやないか!!」
「その節はどうも」
「何やねんその態度!!」
「やめんかい金造。昨日のは俺らが悪かったんやさかい。すまんかったな〜」
「いえ、こちらこそ」

金髪の青年に比べて黒髪の男性の方が大人らしく分別もついているようだ。
ニコリと愛想笑いを添えて答える間にようやく志摩くんが畳の上から復活した。

「いきなり何すんの金兄!!」
「何て・・・とび蹴りやろ。お前アホか?」
「お前がアホやドアホ!!」
「廉造!元気そーでなによりやで」
「すげー!!コントみてーだな!!」
「雪男で実践しようなんて考えない方がいいからね」
「うっ・・・」

確かに仲良さげな兄弟だがこれを雪男とやれば、たぶん全身ハチの巣にされてしまうだろうから燐の安否が危ぶまれるところだ。

「つか柔兄たちもう体大丈夫なん?」
「もともと軽度やったからな。今日から現場復帰や。おっ、子猫。お前そんなところで何してんねん。こっちきて一緒に朝飯くおうや」

声をかけられた三輪くんはかわいそうなほど狼狽え「僕、もう終わるんでっ」と頭を下げて逃げ出してしまう。
いたたまれない私を見つめて志摩くんは気にせんでええと思いますよ、と肩をすくめた。

「てか誰やこいつ」
「あーコチラお友達の奥村くん!」
「おぉ〜そーかそーか!俺は柔造。廉造の兄貴や。ナイス寝癖やな!」
「ど、どーも!」
「そっちは四男の金造でドアホや。廉造は男兄弟の末っ子でドスケベやけどよろしく遊んでやってくれな」

友達、と言われ燐の表情が緩む。
隣にいた私まで、思わず頬が綻んでしまった。
だってそうだろう。
新幹線の時に露わになった、みんなの変わってしまった態度。
特に顕著な三輪くんの態度は流石の燐も傷ついていた。
でも志摩くんは、友達と言ってくれた。これでどれだけ燐が救われただろう。私まで嬉しくなるのも当然だ。

「ほんでこっちのお嬢さんは?」
「コチラは蒼井さんいうて坊の彼女さんやでー」
「おい志摩その紹介の仕方やめろよ!」
「ちょ、なんで奥村くんが怒るん!」

志摩くんの口の軽さか、はたまた女将さんの口の軽さか定かではないけど、虎屋旅館の従業員たちにはすっかり坊の彼女で覚えられてしまっている。
今更否定するのも面倒なので放置していると、何故だか燐が志摩くんの肩を叩いていた。

「えっ!!坊の彼女!?ナマ言ってすいませんっしたぁあああああ!!!」
「腰ひっく!!金兄逆にそれはひくわ!」
「流石やなー坊、こんな別嬪さん連れてくるとはやりはるなぁ」
「あの、連れてこられたとかじゃなくて私も候補生なので」
「坊の彼女・・・つまり、お嬢!?」
「あの、金造さん。極道みたいなのでふつうに名字で・・・」
「さんづけとかかたっ苦しいですよお嬢!!俺のことはぜひ金造呼んでください!!」
「志摩くん!志摩くん!!」
「ごめん蒼井さん俺も無理やわ。金兄気持ち悪い・・・」

助け舟を求めるがあっさり見限られ、隣では柔造さんがおなかを抱えて笑う始末だ。
侮りがたし志摩家。
特にこの金造さんは、上下関係をしっかりと守るタイプなのだろう。なんというヤンキー。イメージだ。

「坊と明陀をよろしくお願いします!!お嬢!!」
「金造さん!!声が大きい!!」
「金造でええですて!!」
「柔造さん止めてください!!」
「二人はすっかり仲良しやな〜」
「ちょっと!!」

わはは。だなんて一見和やかな談笑を交えながら、私は金造さんを黙らせるのに数分を要したのだった。


黒と白と灰色だけじゃないよ

20130606 tittle by is