「正十字騎士団日本支部御一行様いらっしゃいました」
「遠くからようおこしやす。私この虎屋旅館の女将でございます。ご逗留中は完全貸し切りにさせてもろてますんで、ゆっくりしとくれやす」

ニコリと微笑み頭を下げた女将になにかしらの既視感を感じる。
しゃんと伸びた背筋と凛とした雰囲気は、さすが老舗旅館の女将だと感心してしまった。

「んじゃあたしは先入ってるから、はなは生徒と合流して来いよ〜」
「わかった」

女将に案内され騎士団一行が先に旅館に入る。
後続で到着したバスからは教師、生徒が到着し、私はみんなの視線を無視しながら一団に合流した。
旅館の門をくぐり、玄関に着く。
すると何故だか従業員たちが一斉に注目して声を上げたのだった。

「坊!」
「坊や!」
「坊!!ようお帰りにならはった!」
「子猫丸に廉造くんも」
「やーこらめでたいわ!女将さん呼んで来て!女将さん!」
「やめぇ!!里帰りやないで!たまたま候補生の務めで・・・聞け!!コラ!!」

わぁわぁと走り回る従業員たちに勝呂くんが怒鳴りつけるように止める。
そうして奥から現れた女将さんは、息を切らして勝呂くんの名前を呼んだ。

「竜士!!」

言葉に詰まる勝呂くんは、バツが悪そうに女将さんを見返す。

「・・・アンタ・・・とうとう頭染めよったな・・・!!将来ニワトリにでもなりたいんかい!!」

なんという気迫。
先ほどのおしとやかで上品な雰囲気は欠片もなくまさしく般若のそれだ。

「アンタ二度とこの旅館の敷居またがん覚悟で勉強しに行ったんやないんか!?ええ!?」
「・・・せっ、せやし偶然候補生の手伝いで駆り出されたゆうてるやろ!大体ニワトリてなんや!これは気合や気合い!!」
「なにが気合いや私が何のために男前に産んでやった思てんの!ゆるさへんで!」
「ブッククク!髪ぜったいゆわれるともた」

震えながら吹き出すのを我慢する志摩くんと、なんだか複雑そうな三輪くん。それと訳が分からない私と燐としえみちゃんと神木さん。
あまりに長く続きそうな言い合いに、助け舟を出すように三輪くんが女将のほうに歩み寄る。

「お、女将さん子猫丸です。ご無沙汰してました」
「どーも女将さん。お久しぶりですっ」
「猫ちゃん!廉造も!よう帰ってきたなぁ・・・無事で何よりやで。竜士のお守りも大変やったろ!」
「お守りいうな!!」

勝呂くんの怒声にも女将さんは顔色一つ変えない。
むしろ涼しい顔といったところだ。思わず女将さんを凝視していると、私たちの視線に気づいたのか、女将さんは照れ臭そうに笑って居住まいを正す。

「あらっいやや私ったら!初めまして、竜士の母です。いつもうちの息子がお世話んなってます」

玄関で祓魔師を迎えた時とは違う。
暖かで柔らかい笑みは女将さんの母性そのものでなんだか胸がくすぐったい。

「母!?・・・え・・・この人勝呂の母ちゃん?美人だ!!」
「あーここ坊のご実家なんや」
「・・・え!?でも勝呂ん家ってつぶれた寺じゃなかったっけ?」
「こら燐!そんな失礼な言い方・・・!」
「そうそうウチの寺は結局立ち行かんくなってもーて私がこの実家の旅館つがしてもろたんよ」

燐に美人と褒められたからか、女将さんは潰れた寺などと言われても全く怒ることはなかった。

「それよか竜士、あんた塾のお友達に迷惑かけてへんか?ちゃんと紹介してくれな」
「だから里帰り来たんちゃういうてるやろ!?こっちは候補生の手伝いでっ・・・!」
「こっちのふわふわ〜したかあいらし人が杜山さんでーこっちの日本美人が出雲ちゃんでーこっちの大和撫子が蒼井さんですよ女将さん。ちなみに蒼井さんは坊の彼女です」
「おいゴラ志摩ぁ!!」

いきなり話を振られてえっ、と志摩くんを振り返るが面白そうやん?と語る表情でウィンクを飛ばされた。
これは後で殴ろう。

「んま!でかしたで竜士!!こんな器量良しの御嬢さんよう捕まえたな!」
「なんちゅう言い方や!!」
「こんな粗暴でアホな息子やけど、堪忍な蒼井さん」
「あ、いえ、その。勝呂くんは真面目で優しくて、いつもとてもお世話になってます。実習中にも何度も助けられてて」
「いややわそんなお世辞いわんでかいらしなぁ蒼井さん。こんなかいらしい未来の娘今から楽しみやわぁ」
「おまっ・・・!!ええ加減黙ってくれ!!」

耳まで真っ赤な勝呂くんと後ろでそれを笑う志摩くん。思いっきり勝呂くんに拳骨決められていたので殴るのはやめておいてあげることにしよう。
私と視線の合った勝呂くんは、ああもう、と赤い顔のまま顔を覆っていた。
思わず苦笑が漏れる。なんだか大事になってしまったようで申しわけない。
そんななか、背中に突き刺さるさびしげな視線に私はゆっくり振り返る。
言い表しがたい複雑に揺れる燐の表情。
声をかけようとした瞬間、それを遮るように奥からシュラがやってきた。

「女将、この度は長期間お世話になります」
「いいえぇ。正十字騎士団さんにはいつもご贔屓にしてもろてますんで」
「さっき所長さんに挨拶させていただいたんで、私らはさっそく出張所の応援に行ってきます。医工騎士を半分置いていきますんで魔障者の看護に使ってやって下さい」

礼を言いながら二の句を言いよどむ女将さんにシュラは何か気づいたように「ああ・・・」と私たちを振り返る。
そのまま勝呂くん、三輪くん、志摩くんへの身内への挨拶といい別行動をとらせ、残った私と燐としえみちゃんと神木さんは教師陣と合流して魔障者への看護の任が言い渡された。

「あーその、蒼井」
「なに?勝呂くん」
「さっきはお母んが変なこと言うて悪かったな・・・」

もうすっかり赤みの引いた表情で勝呂くんは申し訳なさそうに眉をひそめる。
そんなことないよ、と笑うと、驚いたように目を丸くした。

「嬉しかったよ。私、もうお母さんいないから、娘って呼ばれて」
「蒼井・・・」
「なんてね!じゃあまたあとでね、勝呂くん」

ぽんと肩を叩いて先生たちに続いて移動する。
脳裏に浮かんだお母さんの姿は、真っ赤に燃える炎の背景に滲んでよく思い出せなかった。
私はもう、母親の顔さえおぼろげになっているのだと思い知った代わりに浮かんだのは、先ほどの女将さんの優しそうな笑顔だった。


丁寧に成りすましたベビーピンク

20130321 tittle by is