「何やろコレ。デジャ・ビュ・・・?」
「また用意がいいわね」
「前も確か坊と出雲ちゃんがケンカしはって・・・いやほんま進歩ないわ」

場を和ませよう志摩くんが柔らかく笑う。
神木さんと勝呂くんは居心地悪そうにそれぞれ視線を逸らしたが、空気を切り裂く声が場に響いた。

「そんな事より・・・先生なんで奥村くん置いていかはったん?もしも何かあったら・・・危ないやんか!!」
「子猫さん・・・」
「子猫丸・・・」

震える三輪くんの瞳は真剣だった。
恐怖もあるだろう。しかしどこか責任を感じさせる必死さが見える。
次の瞬間だった。

「うわぁ!?」

突然三輪くんの重しになっていた囀石が強く跳ねあがる。
天井すれすれまで飛び上がった囀石は、落下の勢いを殺すことなくすぐ傍のしえみちゃんの体を押し潰した。

「しえみ!!」
「しえみちゃん!!」
「杜山さん!!」
「古い強力なんが混ざっとたんや・・・!はよ引き離さなどんどん重なって潰される!」

思わず内心でシュラめ!とののしりながらしえみちゃんのそばに全員が駆け寄る。
勝呂くんと志摩くんが持ち上げようとするが囀石はしえみちゃんに吸い付いて離れない。
三輪くんはシュラを起こそうと提案するが志摩くんが割るか燃やすかとキリクを取り出していた。

「杜山さん、ちょお辛抱してな・・・!」

呻くようになんとか返事をするしえみちゃん。
だが囀石は古いだけあってなかなかの強度を誇っている。「硬!!」と悲鳴じみた志摩くんの声に、致死説を唱えようとした私の傍をすり抜け燐が不敵に笑った。

「俺にまかせろ!」
「・・・は!?おい!」
「どけっ」

燐が勢いをつけて囀石を引き離そうとするが、さすがに悪魔。単純な力でどうこうできるものではない。
数秒もしないうちに、燐の体から勢いよく青い炎が燃え上がった。

「うわぁっ!」
「ひっ・・・杜山さん!!!」

青い焔は燐としえみちゃんを包み込むように燃え上がる。
勝呂くんはとっさに「やめろ!!」と燐の肩を掴みかかり、驚いた燐の腕から囀石が逃げてその炎が座席に燃え移ってしまった。

「座席に燃え移った・・・!!」
「あかん、もう祓魔師呼ぼう!」
「待って!!」

隣の列車にかけようとした志摩くんをしえみちゃんが呼び止める。

「大ごとにしないで・・・!燐は暴れてないよ・・・この炎は・・・」
「杜山さん・・・」
「この炎って、確か聖水で消してたわよね」

まごつく車内で一人冷静を保っていた神木さんが胸のポケットから魔法円が書かれた紙を取り出す。
祝詞を唱え、いつもの白狐の片割れが現れた。

『あれれ。今日はボクだけなんの用?』
「神酒を出して!あの炎を消すの!聖水じゃないけどもの試しよ」
『白狐使いが荒いなァ』

神木さんの手拍子に合わせて白狐が身を翻す。
その動きが風のように早まり、現れた杯が身を傾けると、溢れ出た神酒が一帯の炎を沈下した。

「ざ・・・座席ケシズミになってもた・・・」
「・・・ていうか囀石が消えたわ!どこよ」

質量自体は変わってないが、小さくなって逃げようとしている囀石はみんなの視線を逃れている。
小物めいた動作でこちらを向いた囀石に向かって、私は溜息を吐くように致死説を唱えた。囀石はうめき声も上げず、もやになって小石いだけを残して消えてしまった。
残った小石を摘み上げポケットに入れる。後で然るべき場所に捨てよう。

「何邪魔してんだよ!俺はうまくやれた!!」
「坊!!」
「・・・何がうまくや・・・!」
「俺を信じてくれよ!」
「・・・信じる・・・?どうやって・・・!」

事は済んだのに、相変わらずケンカが好きな子たちだ。
よくやる、と洩れた溜息は、次の瞬間に後悔となってその場に染みた。

「十六年前、ウチの寺の門徒がその炎で死んだ。その青い炎は人を殺せるんや!俺のじいさんも・・・志摩のじいさんも、一番上の兄貴も、子猫丸のお父も。寺の門徒は俺にとっては家族と同じ・・・家族がえらい目におうてて・・・どうやって信用せぇゆうんや!!」

勝呂くんの言葉に、あの日の光景がよみがえる。
青い炎。血の涙を流す獅郎さん。耳障りな笑い声と、肺を腐らせる不浄の匂い。
そして死んだ。獅郎さんは、死んだ。

「それは・・・大変だったよな・・・でもだったら何だ!!それは俺とは関係ねぇ!!」

よく響く燐の力強い声。
きっと、後にも先にも、燐が親と認めるのは獅郎さんだけだ。
だから燐にとって、その血は、力は、永遠に忌まわしいものである。
青い炎は、燐から人間として生きる未来と、雪男をの望む未来と、獅郎さんの命を奪った。

青い夜は確かにサタンが起こした悲劇だ。
だが、燐にとってサタンは憎むべき敵でしかない。

燐の叫びは、そう吠え立てるようだった。


かなしいまもの

20130302 tittle by 徒野