逃げられないように手を取る。
腰を抱き、視線を絡め、愛を囁くように、吐息交じりの言葉を放つ。
毒を塗った声の矢が、彼女の心臓に突き刺さる様は酷く美しく楽しかった。
やめて、と声にならぬ唇が震える。
涙が彼女の頬を濡らし、美しい光の眩いこと。
ああ、酷くしてやりたい心地だ。

薄く吊りあがった口元に、自らの悪魔的性分を自覚してなんだか楽しくなってしまう。
怯える様に身をすくめるはなさんのいじらしくかわいらしい様は酷く嗜虐心を煽った。

「私は知っていますよ。あなたがいなければ、あの子たちが長く健やかに生きることはなかったでしょう」

大きく見開かれたはなさんの瞳に映る、私の表情はやはり酷く楽しそうだ。

「強く、正しい心を持ち、人らしく、慈しみを知る。あなたがいなければ、あのふたりの今はなかったでしょう」

まるで舞台の台詞を読む様に、私の口は滞りなく言葉を放ち続ける。
声は一振りの剣となり、はなさんを何度も串刺しにする。

「あなたは藤本の心を救い、支え、そして奥村兄弟を愛し、守った。並大抵のことではありません。誰にでもできることではありません。あなたにしかできないことでした」
「ちがう・・・やめて・・・やめて・・・」
「どうして?あなたの行いは正しかった。あなたのおかげで彼らはまっとうに生きることができ、人らしい心を持つことが出来た。今もなお、人らしい心を持ち生きているではないですか」
「やめてっ・・・やめて・・・!」
「あなたの愛と献身は、彼らの生きる糧に相違なかったはずです」

細く震える声に抑止力などない。
精神の乱れによる読心は容易い。
溢れる様にとめどないはなさんの心が、今まで誰も知ることのなかったそれが露わになってゆく。さぁ、暴かれよ。

「私は、私は獅郎さんが好きだった。雪男も、燐も、大事な家族で、守るべき、愛すべき存在で。そのためなら私はどうなってもよかった。一度死んだ命だもの。大切だったから、愛していたから。だから、見返りなんて求めちゃいけなかった。勝手に裏切られたなんて思うのは間違いなのに。私は身勝手で、汚くて、欲張りで、ずるい女なの。ちがうの。そんな綺麗な人間じゃないのっ・・・」

とても15歳の少女の言葉とは思えない。
溢れ出る感情はおどろおどろしく、そして私にとっては、酷く甘い。

「愛されたいだなんて、私は、それに値する人間じゃないのにっ、汚いのにっ!腕を伸ばしてしまった。ずっと一緒にいたいって。傍にいて欲しいって。守るなんて言って、本当は自分のことしか考えてなかったんだわ・・・。愛されたかった。必要とされたかった。本当は自分がかわいいだけだった。寂しくて。孤独が嫌で、“家族"と言うものに縋ってた。私は、私のために燐を、雪男を、獅郎さんまで利用してっ・・・」
「それは酷い」

心臓に突き立てた言葉を引き抜けば、血が溢れる様にはなさんの悲鳴のような嗚咽が響く。

「私は最低の女なの・・・。雪男に、燐に、突き離されても当然なの。嫌われててもおかしくなかった。自分勝手で欲深い。汚い。私はあの幸せを壊してしまった。あの時、私が修道院を出なければ、獅郎さんの代わりに死んでいれば、燐も、雪男も、こんな、つらい思いを、しないで、獅郎さんと、生きて、笑ってっ・・・」

悔恨に苛まれる、涙に歪むはなさんの表情は、憐憫と哀愁を誘う美しい彫刻の様だ。
人にしておくには勿体ない。
その魂を引き上げ、未来永劫を生きるものに変えてしまいたい。
そんな欲望をもたげさせる程の魔性だ。
彼女の一瞬を永遠に閉じ込めることが出来るなら、私は首を差し出してもいいだろう。
まぁ、そんな事をしては私が死んでしまうので諦めるのですがね。

「酷い人たちだ。藤本も、奥村くんたちも」
「え・・・?」
「あなたほど美しく、清く、正しいものはいません。真の過ちを犯した者は自らの過ちさえ口にできないものばかりということをはなさんはご存じない様だ」
「違う、だって、私は・・・」

距離を詰め、顎を捕らえ、黒曜石の瞳を覗きこむ。
なんという穢れのない光だ。

「私が言ってあげましょう。『汝の罪を許す』と」

細い呼吸が、詰まる音がする。
なにを、そう問いかける瞳は、混乱に揺れていた。
とても感情豊かで極彩色な瞳だ。
目玉をコレクションするいとこの気が一瞬知れた所だった。

「この世に数多の命が存在しますが、一度たりとも罪を犯していないものなどいません。私ははなさんが一体どんな罪を負っているのかは知りませんが、ただひとつだけ知ってますよ」
「それは・・・?」
「あなたが藤本を、そして奥村兄弟を愛していたのは真だと。打算も欲望もない、それは全き愛だったと」

あなたはなにも間違ってなどいないのですよ、はなさん。
最後の一撃を打ち放つ。
ああ。と漏れた彼女の吐息の歓喜の感触は、一生私しか知り得る事はないだろう。


目隠し鬼と子守唄

20121217 tittle by 星が水没