はなさんの決死の時間稼ぎのおかげで奥村くんの炎が弱まった。 今にも崩れ落ちそうなはなさんを抱きとめ、呆然とする奥村くんの腕を掴む。 そして重症のはなさんを抱えて学園へと飛ぶ。 奥村くんの方は正気は失ったままだが鞘に納めてしまえば悪魔の力は一時途絶えるのだ。 到着した目的地では、いやはや招かれざる客の姿が目に入った。 「おや、お久しぶりですねエンジェル。この度は「聖騎士」の称号を賜わったとか、深くお喜び申し上げる」 心にもない麗辞を述べて倶利伽羅を鞘へと収めた。 放出されていた炎は一瞬にしてなりを潜め、慣れない強力な炎を放出していた奥村くんの体は反動にてそのまま意識を失い脱力する。 獣のように吼え立て荒ぶっていた、まさに悪魔そのものに近い姿を露見させた奥村くんへの不躾なまでの視線はあからさまな恐怖に染まっていた。 おかげで、自慢のマントで隠すように包み抱いた満身創痍のはなさんには大した注目は集まることはない。 「メフィスト・・・とうとう尻尾を出したな。お前の背信行為は三賢者まで筒抜けだ。この一件が決定的な証拠となった」 「私は尻尾などだしてませんよ。紳士に向かって失敬な」 そう、この程度の事は計算のうちだ。 エンジェルの到着も。三賢者の動向も。 『起きなさい。魔剣同士の戦いなどそう見られるものじゃない』 魔術による精神感応で奥村くんを叩き起こす。 小声で言ってやっても寝起きの頭では理解できなかっただろう。 その一瞬にエンジェルが肉薄する。しかしこうも易々と私が奥村くんから離れられる程度であるのだから、まだまだ藤本の足元にも及ばないと言わざるを得ないだろう。 「正十字騎士団最高顧問三賢者の命において、サタンの胤裔は誅滅する」 「え・・・」 奥村くんの喉元に当てられたカリバーンだがその役目を果たす前にシュラの斬撃が飛ぶ。 繰り上がりとはいえ現聖騎士の力量も伊達ではない。 シュラの背後を取り、腕を取ったエンジェルは憐れむ様にシュラを見下ろしていた。 「シュラ、なぜこのサタンの仔を守る。メフィスト側に寝返ったのか?」 「なワケねーだろ」 剣呑な会話に藤本の名が出た瞬間、奥村くんが声を上げた。 しかしそんなものは無視してエンジェルとシュラの論争は続く。 だがそろそろだろう。私の予想は違わず、二人の会話を打ち切る様にエンジェルのインカムが振動していた。 「・・・はい、畏まりました。三賢者からの命令だ。今より日本支部長メフィスト・フェレスの懲戒尋問を行うと決まった。当然そこのサタンの仔も証拠物件として連れていく」 「ほう!それは楽しみです☆」 さすがに私服というわけにもいくまい。 正装に着替えてエンジェルに続く中、気絶したままのはなさんは奥村先生に、奥村くんはエンジェルに任せるとしましょう。 手を招いて奥村先生を呼び寄せる。 腕の中で虫の息のはなさんに、流石の奥村先生の顔色が一瞬にして失せた。 顔面蒼白になっている奥村先生にはなさんの体を渡す。 「フェレス卿・・・っ!!はなさんに一体なにをさせたんですか!こんな!!!」 「奥村くんの正気を取り戻そうと特攻されましてね」 「なにを悠長にっ・・・!!酷い全身火傷じゃないですか!!青い炎の魔障ですよ!?早く治療をっ!!」 「奥村先生」 「なんですか!!!」 「医務室には誰も入れてはいけません。彼女の指輪をはずしなさい。私はそれに触れられない」 火傷を負い、息の荒いはなさんの体は脱力して力がない。 密やかに伝えた私に声に、奥村先生はもう何も言わなかった。 ただ聡い子である。 何かしら気付いたであろう。その体を抱き上げた奥村先生は、候補生たちをエンジェルの部下に任せ駆けだした。 私の声は聞こえていなかった奥村くんはエンジェルに引きずられながら呆然と全身火傷のはなさんと奥村先生を見送る。 彼が何を思ったのか、誰にもわからない。 そんな奥村くんははっと我に帰り候補生たちを見渡す。 「みんな無事か!?」 なんという喜劇! この炎上する惨状を産みだした張本人が!サタンの落胤が!人間を気遣うとは! 「なんで・・・サタンの子供がっ祓魔塾に居るんや!!!」 「・・・!」 「ッグ・・・ゴホ・・・!」 「坊!」 「し、しえみ・・・体・・・平気か?な、なんだよ・・・どっか痛いのか?勝呂・・・おおげさなんだよ。俺別に、こう見えてフツーの人間と対してかわんねー・・・って・・・せっ、説得力ねーか!ワハハ!」 不安な感情を表すように大きく揺れた尻尾を掴み奥村くんが情けなく笑う。 「どうして・・・笑うの・・・なんにもおかしくなんかない!!!」 少女の涙に同情してくれるほど祓魔師は優しくはありません。 杜山さんと奥村くんは別々の方向に引きずられる。 そして私たちはオペラ座法廷で楽しい楽しい懲戒尋問を始めるとしましょう。 キッチンシンク・オラトリオ 20120615 tittle by 徒野 |