「『汝、聖なるもの者を朽腐に帰せざらんべし』!」

あたりにまとわりつく虫豸を一掃することは容易いがこれではなかなか進めない。
個人戦に向かない詠唱騎士のつらい所だ。
散弾銃は銃弾がもったいないし、魔道書も大物相手向きだ。
仕方なく地道に歩いていると、前方に人影が見えた。

「神木さん?」
「あんた・・・」

巨大な石燈籠の前にたたずむ神木さんと、その傍に控える二体の白狐。

「あー虫豸を使い魔で撃退したんだー。いいなぁ手騎士。私も出来たら楽なのに。ところでそれ何?」
「・・・たぶんこれが提灯なんでしょ。リヤカーまで準備してあるし」
「女子二人でこんなの運ぶのきついねぇ」
「なに普通に一緒に運ぶ気でいるのよ!!これはあたしが見つけたのよ!」
「合格枠は3人じゃなくて3枠。協力しちゃダメなんてルールはないし、そもそも祓魔師はチームを組むのが普通だよ」
「!」
「みんな勝呂くんの助け合いっこナシ宣言に目隠しされちゃった感じ」

確かに・・・と呟く神木さんは、悔しそうに爪を噛んだ。

「恐らくこれは化燈籠だわ。ここで火を灯しても拠点に戻るまで燃料が持たない。途中で火が消えれば失格」
「・・・燃料って何でもいいの?」
「そうじゃない?」
「じゃあこのあたりの虫豸を燃料にして進もう。ここまでだいぶ襲われたけどまだまだいるし、それなら拠点まで尽きなと思うよ。問題は、どうやってリアカーを引くかだよね・・・」

生憎燐程の力も体力もない女子二人だ。

「それには及ばないわよ。ウケ、ミケ!」
『まったく使い魔使いの荒い娘よ・・・出でよ保食の兄弟!』
『出でよ御饌津の兄弟!』

二体の白狐が唱えると、白煙と共に手のひらサイズの小さな狐たちがわらわらと現われた。

「きゃああああああ!!!!!」
「なにようるわいさいわね!」
「可愛い!!可愛いなにこれすごく可愛い!可愛いと可愛いで無限大かわいい!!!」

小さな狐に戯れられる神木さんもすごく可愛くて思わず興奮してしまう。
しょうがないこれは可愛い仕方がない。

「と、とにかく!こいつらに運ばせるから問題ないわ。化燈籠は今のまま封じられてる札を使いましょう」
「うん、わかった。神木さん可愛い」
「その語尾やめなさいよ!」

照れて真っ赤になる神木さん。
ああ。夜じゃなかったらもっとはっきり見えただろうに。惜しい。
二体の白狐とその兄弟たちが火の点いていない化燈籠をリヤカーに運び混む。

「・・・でも、リアカーで運ぶ間こいつが大人しくしてるとは限らないわ。札の効力がどれくらいもつかもわからないし、ウケとミケも一緒にリアカー動かすから攻撃できないわ」
「それなら私に任せて。化燈籠が動かないようにお札の効力を上げる経を読むから」
「あんた、そんなこと出来るの?」

確かに私が得意な詠唱は聖書一般だがそれ以外が出来ないわけではない。
ラジエルの書を取り出し適当なページを開く。
いつも慣れないけど、ページの表面を金色の文字が動き、まったく別の文章が出来上がった。

「なに、それ・・・」
「魔道書のひとつ。獅郎さん、あ、師匠的な人にはみんなに内緒にしろって言われてたから、内緒にしてくれる?」
「い、い、けど」

言い淀む神木さんの表情にやっぱりこれが普通の魔道書じゃないことがよくわかった。
天使文字、という人語ではないそれを理解できる人は少ないと獅郎さんが言った。
獅郎さんさえも、多くは知らないといった。でも私には、普通の日本語と同じように見える。
黄金の文字は煌々と輝き、私の周囲をほんのりと照らしていた。

「とにかく、行こうか。私がお経を読むから、神木さんは化燈籠に餌をやってくれる?」
「わかったわ。ウケ、ミケ、準備して。火を点けるわよ」

火が灯された化燈籠が低く唸る。
しかし、貼り付けた札のおかげか暴れ出す様子はない。
私はひとつ深呼吸して、慣れない経を舌に乗せた

「稽首正無動尊秘密陀羅尼経 稽首正無動 摩訶威怒王 極大慈悲心 愍念衆生者 本體盧虚空・・・」


鍵盤のワルツ

20120407 tittle by is