援助があるとはいえキリスト教が浸透していない日本では、教会はどことなく浮いている。
まぁそれは私がいた日本であってここではない。
ここは町全体が浮いたように不思議だった。
正十字学園町。
現代の家が昭和の長屋を思わす風に密接して建てられているこの町は、洋城が見下ろすように鎮座している。あれが学校なんていうのだから世も末だ。

「ハウルかホグワーツかっつーの」

ちなみにそのどちらもこの世界には存在しない話らしい。
ああ、本当に違う世界なんだなぁだなんて感慨深げに思う。
言葉と常識とお金の通貨が同じなのは救いだろう。

そんな名前からして宗教観を感じさせる街なのだが、生憎なことに参列者がほとんどいない教会兼修道院は立派だけどすこし寂れていた。
清廉潔白に生きる教えがあるのかもしれないが、これはひどい。

「圧倒的メシマズッ・・・!!」

パンに野菜にスープ。おかずはそれなりの量がある。バリエーション豊富と言えば聞こえはいいが、味はしないし焦げや生焼けとはどうなってるの!?
みんなは気にしていないのか、私の舌がおかしいのか。

「藤本さん、藤本さん」
「どうしたーはな?藤本さんなんてよそよそしいぞ?」
「それはおいといて、ここではこの料理が基本なんですか?質素倹約とかでも調味料くらい・・・」
「やっぱ不味い?」
「ええと、はい、少し・・・」
「いやぁ男手ばっかだとさぁ料理できるやつがいなくて☆」

てへ!と星を飛ばす中年男性には怒りや呆れよりも哀れみが先だった。
さすがは男所帯と言うものか、質より量なのか。それとも面倒だったのか。

「かわいそうに!」
「ん?」

食卓を囲む視線が一斉に集まる。

「健全な精神は健全な食事からです!!燐と雪男はまだ小さいのに味音痴になっちゃったらどうするんですか?まったく、キッチンに案内してください!」
「え?え?」
「はやく!」

藤本さんを押して部屋を出る。
それなりの設備があるのになんであんなかわいそうな食事ができるのだろう。

「腕を振るいますよ!」
「おいおい危ないって」
「安心してください。見た目は子供、頭脳は大人!その名も名探偵」
「名探偵なのか?」
「違いました」

通じないだろうと分かっていながら私は下らない冗談を飛ばしてスープの中に調味料を足していく。
サラダには和風ドレッシングを。
手は小さいが包丁も調理器具もお手のもの。
感心するように口笛を吹く藤本さん。
味見に小皿を差し出せば、「うまいな!!」と感嘆の声を上げた。
ほっこり、胸が暖まる。

「さ、早く出してください。覚めないうちに」
「おう。燐!雪男!!今日はうまい飯が食えるぞー!」
「うおおおおおすげぇ!はな姉ちゃんすげぇな!」
「おいしそう!すごいよはな姉さん!」

おおはしゃぎする子供と大人たちにどれだけ悲惨な食事環境だったのかと聞いてみたくなってしまったが、あんな食事は正直一度で十分だ。

「これからは私がここの料理を仕切りますからね?いいですか、獅郎さん?」

パチンとウィンクで目配せして見せる。
父親と言うより、友達のような親しみを込めて名を呼べば、それを感じ取ったかのように獅郎さんは顎を撫でながら軽い苦笑を洩らした。

かくして私は修道院内でキッチンと言う名の城をてにいれた。
今後衣食住を世話になるのだし、できることが手伝えて本当によかった。


夜明けよりもやさしい

20110713 tittle by 発光