騎士団中枢、地下に設計された基地は広く深い。
目的地には椿先生と招集されたメフィストさんがいつもと変わらぬ飄々とした態度でシュラと対面した。

「お久しぶりですね〜☆シュラ。まさかまさか貴方が監察官として塾に潜入していたとは!私知る由もありませんでした」

メフィストさんのわざと人の神経を逆撫でするような猫なで声は、地下に虚しく響く。
シュラは苛立ちを感じないのか、はたまた呆れているのか。冷たい声音でメフィストさんの名前を呼んだ。

「単刀直入に聞く。よくも本部に黙ってサタンの子を隠してやがったな。お前は一体何を企んでいる」

シュラの怒りは最もだろう。
祓魔師、それらに関する人間でサタンを憎まないものはまずいないのだから。
悪魔は、とりわけサタンは人類の敵だ。
サタンが奪った命はあまりに多すぎる。
そしてその落胤がこの物質界に存在するというのさ、確かに許されざることだろう。
私の考えは甘いのかもしれない。
燐は燐だ。例え悪魔の血が入ろうと、この子の心は優しい人間そのものだ。
私のこの世界にしがらみのない頭が、そう考えさせる。
いや、そう思いこみたいだけかもしれない。
燐はいつか・・・
私は自分の考えに寒気がして、思わず頭を振ってまとまりかけた思考を散らした。

メフィストさんは燐を武器にするために育てたといった。
問答の最中、獅郎さんの名前がでた瞬間シュラの声音は一瞬だが低く沈んだ。

「どちらにせよ上には報告する。その前にこいつを尋問したいから大監房を使わせてもらうぞ」
「ご自由にどうぞ」
「待ってよシュラ!尋問だなんて!」
「そうです待ってください。兄に話を聞いてもムダですよ!僕が代わりに説明します!」

燐を引きずりながら歩くシュラは一瞬雪男を振り返り、冷めた瞳で呆れるように吐息と一緒に言葉を吐いた。

「雪男。変わったのは図体だけで、そーゆー所は相変わらずだなぁ」
「!」
「お疲れ〜帰って寝てろ」
「シュラさん!!」

たかが訓練生の私と中一級の雪男では上級祓魔師のシュラに意見が通るはずもない。
椿先生とメフィストさんの手前、雪男と私は大人しく引き下がらざる得なかった。
立ちすくむ私と雪男を余所に、椿先生は子猫ちゃんの元へ、メフィストさんはさっさと退場してしまう。
私たちはひとまず、シュラと燐が消えた大監房の扉を見つめるしかない。

「・・・あの時、なにがあったの?」

雪男の声は落ちついていた。
いや、感情が高ぶりすぎて逆に動かないのだ。分厚く張った湖面の氷の様に。

「最初、シュラがジェットコースターに上って何かが起きたって気付いたの。そのあと爆発音と煙幕が上がって、私は先にそっちに向かったの。燐はもうアマイモンと交戦してて」
「アマイモン・・・!?どうしてそんな悪魔が!」
「わからない・・・。シュラはメフィストさんの手引きかって聞いてた。メッフィーランドはたしかに正十字学園町の敷地内だけど学園中心に形成された結界の外なんだから関係ないんじゃ?」
「アマイモンは“地の王”だ。そんな悪魔が日本支部がある正十字学園町に侵入できたこと自体が異常事態だ」

たとえ味方であっても、あの人は悪魔だ。
雪男の剣呑な瞳は、良くない色が滲んでいる。
私は雪男に寄り添いながら、かたく握りしめられた拳に掌を重ねた。

「雪男、メフィストさんはたしかに悪魔だけど、もう200年も私たち人間の味方をしてるのよ」
「でも!!」
「悪魔だというだけでメフィストさんを疑うのなら、それは燐を悪魔だと言って疑うのと同じよ」
「っ・・・!!」

酷かもしれないけどそうだろう。
どうしても血や種族、見た目、関係性。そう言ったものが個人を曇らせる。

「アマイモンと交戦中に燐は我を失って暴走したみたいなの。今までにないくらい大きな炎を身に纏ってた。でも正気に戻ったし、その力でしえみちゃんを守ったわ」
「そう・・・」

雪男の重苦しい溜息が地下基地のさらに奥へと沈んでいく。
疲れているんだろう。
雪男は緩く顔を下げながらそっと私に問いかけた。

「ねぇ、シュラさんは兄さんをどうすると思う?」

雪男がシュラの心を知っているかは定かではない。
でも私と同じくらい雪男はシュラと付き合いはあった。
シュラも私の様に、獅郎さんに何かしら特別な感情を抱いていたのは確かだ。ヘタを打てば、

「シュラなら殺すかもしれない」
「っ・・・!!」
「でも、燐は殺される様な子じゃないわ。それに、シュラはなんだかんだで情に甘いもの」
「そう?そんなところ見たことないけど」

雪男は疑わしげに扉を見つめる。
眉間のしわを指先でいじれば、やめてよ、と険しい顔で叱られた。

「雪男、今日のごはん、何食べたい?」
「・・・こんな時に?」
「こんな時だからこそよ。メフィストさんは騎士団を裏切らないしシュラは燐を殺さない。ひとまず雪男は家に帰って熱いお風呂に入っておいしいごはんを食べて休むべきだわ」
「どうしてそんな風に確信が持てるの?」

雪男の力ない瞳に私は所為いっぱい笑いかける。

「天は自ら助くる者を助く、よ」
「そう・・・だね。なら、今日のご飯は魚がいいなぁ」
「じゃあお刺身とムニエルと塩焼きね」
「はは、多いよ」

そう笑う雪男は少し元気がでたように見えた。
私たちは今日も手を繋いだままひとまず寮に戻る。
左手の薬指に嵌った指輪が、何故だか熱を持ったような気がした。


漂流する思考、その先

20120124 tittle by 発光