「燐!!はなちゃん!!どうしたの!?」

駆けてくるしえみちゃんが燐に向かって手を伸ばす。
燐は肩に触れたしえみちゃんの腕を振り払うと同時に、噛みつく様な声音で触るな!と叫んだ。
さすがの天然しえみちゃんも、ただならぬ気配を感じ取ってか小さな声で燐の様子を窺った。

「・・・どうしたの・・・?」
「あ・・・いや・・・ゴメンなんでもねーや。それよりお前こそ平気だったか。あのガキどしたよ」
「ガキ?」
「任務の霊の子。・・・消えちゃった・・・「ありがとうおねえちゃん」って・・・」
「そーか・・・」

寂しげに眼を伏せるしえみちゃんは、それでも元気に振舞うようにひときわ明るい声で話す。

「今度、絶対二人で遊びにこよーね!そうだ、はなちゃんと雪ちゃんも連れて!」
「そ・・・そーだな・・・」
「燐」

深く沈んだ声に思わず手を握る。
燐は一瞬怯えたように瞳を揺らがせたが、されるがまま大人しく私に手を委ねた。
そうだ。
燐だって怖いのだ。
私はなんて情けないんだろう。
あの時、一瞬でも躊躇した自分が恥ずかしかった。

「燐は、燐だよ。今も、これからもずっと。私の大好きな燐だよ」
「はな・・・」

望まぬ血が、燐を人でなくしていく。
燐は、それを初めて自覚してしまった。

「雪ちゃん!」
「大丈夫ですか!」
「雪ちゃん・・・燐が怪我してるから手当てしてあげて・・・!」
「兄さん・・・はなさん!何があった・・・」

駆け寄ろうとする雪男の視線が私たちの背後を見る。
燐の目前に差し出された降魔剣。
いつの間に戻ってきたのか。

「遅ぇぞ雪男。お前が遅いからこっちが動く羽目になったろーが」
「・・・!まさか」
「久しぶりだな。まぁ、いい加減この格好にも厭きた頃だったした」

もう初夏も近い今日まで守られていたパーカーが脱ぎ捨てられる。
なめらかなくびれと、豊満な胸。へそから胸元にかけて彫られた刺青。フードの下から溢れだしたのは赤と金の高く結いあげられた髪はやはり彼女だった。

「シュラ・・・!」
「そ。アタシは上一級祓魔師の霧隠シュラ。日本支部の危険因子の存在を調査するために、正十字騎士団ヴァチカン本部から派遣された上級監察官だ」
「どうしてあなたが!!」
「だから今説明しただろ〜?あ、あとコレ免許と階級証ね」

それを見た椿先生が自己紹介に入る。
シュラは挨拶もそこそこに鋭い表情で燐へと向き直った。

「とりあえずコイツを日本支部基地に連行する」
「シュラ!!」
「あと支部長のメフィストと話したいから引きずってでも連れてこい。それ以外の訓練生はみんな寮に戻しちゃってー」
「はは!」
「ちょっと待ってよシュラ!!」
「待てるかっつーの。オラ立て。お前にも話を聞くぞ」

シュラは燐を小脇に抱えるようにして立ち上がらせるとそのままずかずかと歩きだしてしまう。
しえみちゃんは状況がわからないままだが燐の怪我の手当てを先にと進言したが、シュラによって一蹴された。

「皆さん、今日の任務はひとまず解散です。寮に戻ってください」

丁度合流を始めた他の訓練生たちの前をシュラは気ままに横切る。
ざわつく皆はひとまずしえみちゃんに事情を確認し始めていた。

「蒼井さんは、怪我ないんか?」

飛び出してしまったせいで心配したのだろう。
安堵したように漏れた溜息に申し訳なくなった。
相変わらず、勝呂くんは優しすぎる。

「勝手してごめんね。怪我はないよ。・・・私、雪男と燐についていくから、みんなは先に戻ってて」
「ちょと!!」

誰も説明のないままじゃ納得できないだろう。
私だってそうだ。
シュラの任務。危険因子。それは、

「違う・・・!燐は危険なんかじゃない・・・!」

適当な扉に向かう一団を見つけてスピードを上げる。
丁度雪男が鍵を取り出した所だったから間に合ったみたいだ。

「はなさん!寮に戻ってって言ったじゃないか!」
「いや。第一シュラ。あなたどうして・・・」
「悪いけど、呑気に昔話してる場合じゃないんだよ」

ひらひら手を振って会話を打ち切るシュラ。
燐が小さく知り合いなのか?と耳打ちするのを私はただ頷く。
私とシュラは、恐らく同じ痛みを分かち合った仲だ。
事の次第を知れば、シュラは燐を殺すかもしれない。
私はその時、シュラを止められるだろうか。


哀しみのワンダーフォーゲル

20120124 tittle by 発光