嫌な予感がする。

「蒼井さん!?」

私は勝呂くんの呼びかけに返事もせず走り出していた。
目指すは土煙を上げるジェットコースターへだ。
悪戯三昧の霊の仕業ではなことは明らかだ。
強力な力。そう、悪魔の様な、力かもしれない。
黒い蛇の様なもやが、私の心臓を掴んで離さない。

「燐っ・・・!!」

息を切らして目的地を視認すれば、見知らぬ何者かが燐を殴りながら空中滑降している。
地面に燐の体がぶつかり、その上から燐の腹へと両ひざをつき落とす。
鈍い悲鳴を潰すように、燐の顔面に何者かが拳を埋め込んだ。

「やめてっ!!!!!」

まだ距離はある。
散弾銃では距離が届かない。
スカートをたくしあげ走りながら銃を組み立てる。
あれはいったい何者なのか。

だが燐もやられてばかりではない。
あんな攻撃を受けながら、右腕で敵の首元をと掴むとそのまま投げ飛ばす。
全身を包む炎が輝きを増し、囂々と燃え上がる炎があたりを焦がす。

「ガアアアアア!!!!!!!」
「り・・・ん・・・?」

地響きに似たその声に、私の足は思わず止まる。
あの日、私たちの幸せを奪った笑い声が脳内で響き渡った。
笑い声。青い炎。倒壊する建物。

「だ、だめ・・・」

燐は敵を押し倒し首を絞める。
燃え上がる炎がふたりを焼く。
衣類と肉の焼ける匂いがした。

「だめ・・・だめよ・・・っ」

敵の笑い声。
燐の唸り声。
青い炎が凶暴に燃え上がる。

「だめ!!!燐!!!!悪魔になんかなっちゃ駄目!!燐はっ・・・燐はっ・・・!!獅郎さんの息子なのよ!!悪魔なんかじゃない!!正気に戻って!!燐!!元に戻って!!!」

力が抜けた膝を叩き、なんとか今一歩踏み出す。
燐の人らしからぬ形相に、敵は嬉々としてコンクリートの地面を殴りつけた。
瞬間、敷地内全域を揺るがす振動。
私は思わず立っていられなくなり、地面に膝をついて燐の名前を呼び続けた。

「燐!!だめぇ!!お願いだからっ・・・!!私の声を聞いてぇ!!燐っ!!!」

限界以上の音量に喉が悲鳴を上げる。
度数の高いアルコールが流れ込む様な、発火する喉の痛みに涙が出た。

「・・・・っ、・・・ぁ・・・」
「燐?」

動きを止めた燐の視線が私に向けられた。
私の声が届いたのか、それともただ標的を変えようとしただけなのか。
真意はわからない。それよりも涙で歪む視界の中に、柔らかな金髪の影が揺れたことに息が詰まった。

「しえみちゃ・・・!!!」

彼女の上空から降り注ぐジェットコースターの鉄骨。
しえみちゃんは咄嗟に霊を胸の中に抱きかかえ、助けを求めながら体を丸くした。
にーちゃんの腹からウナウナくんが飛び出すが、あの隙間ある植物では防ぎきれない。
私は咄嗟に銃弾を放つ。
せいぜい鉄骨の落下位置をズラすのが精いっぱいだ。

「しえみちゃん・・・!!逃げてっ!!!」

すべては不可能だ。散弾銃はリロードの分タイムロスが発生してしまう。
私の声はしえみちゃんに届かない。
蹲るしえみちゃんに向かって、燐は右手を突き出し獣の様に低い呻き声で吠えた。
その身を纏う青い炎は人の手の形を模してしえみちゃんに向かっていく。
風のようなスピードで、炎の腕は鉄骨や木材、しえみちゃんに降りかかってきたあらゆる物質を焼き払いながら吹き飛ばした。

「燐・・・!」

正気に戻ったのだ。
でも安心するのもつかの間、敵は燐の蹴り飛ばし降魔剣を手に携していた。

「あいつ・・・!!」
「はな、下がってな」
「えっ」

背後から駆けていった声は、振り向く間もなく私を追いこして敵と燐に向かって飛びかかる。

「“蛇を断つ”!」
「あの声は・・・!!」

握られた魔剣を見紛う筈がない。
どうして?その混乱だけが私の脳内を占めた。

「キミは誰ですか?」
「お前は地の王アマイモンだな。お前みたいな“大物”がどうやってこの学園に入った。メフィストの手引きか?」
「邪魔だなぁ」
「邪魔はお前だ」

地の王?メフィストさんの手引き?燐に一体何が起きたのか。どうして彼女がここにいる?

混乱する思考の中で散りばめられていく疑問に答えが出るはずもなく、私は座り込んだまま事態を見守ることしかできなかった。

「・・・やっぱやめました。またの機会に」

アマイモンは降魔剣を鞘に納めると燐の目の前に放り捨てる。
そのまま彼女の制止を振り切って、アマイモンは悪魔らしい跳躍力でその場を飛び去っていった。

「チッ!にゃろぉ完全に遊んでくれたな・・・!おい!すぐに人が集まるからその尻尾は隠しておけよ!!」

アマイモンを追う彼女は燐にそう言いつけ走り出す。
呆然と座り込む燐。
血は止まっていたが、痛々しさは消えない。

「燐・・・」
「これじゃ・・・昔と同じだ・・・!」

絞り出された声は、私には気が付いていなかった。


青の波紋

20120112 tittle by IS