「神木さーん、今日の実戦訓練一緒に行こうよ」
「は!?どうして私があんたなんかとっ」
「だって燐たちにおいていかれちゃったんだもん。しえみちゃんもこないし」

神木さんはじっとわたしを睨みつけたまま、呆れたと言わんばかりに盛大に溜息をついた。

「あんな、自分があたしの事ひっぱたいたのもう忘れたわけ?よく声かけられるわね」
「あー。あの時の神木さんすごく嫌な子だったけど、朴さんのこととか試験の時とかあったでしょ?私、神木さんと仲直りがしたくて」
「仲直りって・・・」

別に直る程もなかったでしょ、そう言いたげな視線だけど、彼女も所詮15歳なのだ。
心細さがないはずがない。訓練生から候補生になった今、授業の内容は一層厳しくなっている。
心の支えでもあった朴さんはもう塾にはいない。
私は神木さんの手を取る。

「今すぐ友達は無理でも、一緒に任務に向かうクラスメイトくらいにしてくれない?」
「・・・そう、ね」

神木さんの頬がほんの少し赤らんだ。
ああ、脈ありだ。
少女らしい反応に思わず頬が緩んでしまった。

「ちょっと!なに笑ってんのよ!」
「だって神木さんがかわいいから」
「な!!」
「はなちゃーん!神木さーん!」

そこへころころと下駄を鳴らしながらしえみちゃんが駆けてくる。
ド派手なピンクの紙袋を抱えて息を切らしていら。

「よ、よかった・・・まだ二人ともいてっ・・・」
「しえみちゃんどうしたの?」
「あの、あのね!・・・私に制服の着方を教えて欲しいの!!」
「はぁ!?」

紙袋にはメフィスト郷のデフォルメされたプリントがある。
しえみちゃんの話によると着物は任務には不向きと言うことで支給されたらしい。

「体育の時の袴じゃ駄目だったの?」
「うん。よくわかんないけどこっちの方が萌えるからって理事長さんが」
「しえみちゃん。もう二度とメフィストさんに近づいちゃだめだよ」

あの人ちょっとずれてると思ってたけどまさかそういう感じだったとは。
無垢で穢れないしえみちゃんには邪悪すぎる。

「ていうか、制服の着方もわかんないの?」
「う。うん・・・私今まで着物しか着たことなかったから」
「ほらほら神木さんも手伝ってあげて。神木さんはしえみちゃんの友達でしょう?」
「あ、あれは!」
「友達・・・!!」

言い淀む神木さんと目をキラキラさせるしえみちゃん。
しえみちゃんの純粋さに押されてか、神木さんは分かったわよ!と紙袋をひったくった。

***

鍵を使って任務先のメッフィーランドに向かう。
集合時間はぎりぎりだ。着物は着せるのも脱がすのも少し時間がかかってしまう。

「しえみちゃん大丈夫?」
「な、なんかスースーするけど頑張るね!」
「どうしよう神木さんスパッツとかはかせた方がよかったかな」
「ちょ、そんな話あたしに振らないでよ!」

ちなみに私はスパッツ着用派だ。
切断式散弾銃なんて直接素肌にあたったら固いし冷たいんだもの。

「あ、みんなもういる!」
「時間ぎりぎりってところだね」

初めてみるしえみちゃんの制服姿に燐や志摩くんなどが声をかける。
雪男に遅れた理由を述べれば遅刻じゃないから大丈夫ですよと笑われた。
今日の任務はメッフィーランドに出没する霊の発見だ。

「ていうか・・・ディ●ニーランドじゃ・・・」

懐かしい自分の世界に思いを馳せる。
入口の前にでかでかと建てられたメフィストさんの石像が意地悪く笑っている気がした。
もう8年も前なのに。記憶は一向に薄れない。

(未練たらたら)

情けない。
帰りたいわけじゃない。でも、切り捨てるには思い出が詰まりすぎていた。

「はなさん?」
「あ、ごめん。なに?」
「任務の組分け。聞いてなかった?奇数だしはなさんは勝呂くんと山田くんと組んでの捜索だよ」
「うん、わかった」
「それではみなさん、気を引き締めて任務にあたってください。以上・・・解散!」

***

「〜〜〜〜〜〜チッ!!」
「・・・勝呂くん、いらいらするのはわかるけどその舌打ちやめて」
「・・・すまん」

勝呂くんは至って真面目な人柄だ。
そのせいで燐とも衝突があったほど。
そして燐以上にやる気のない山田くんに腹が立たないはずがなく、夏の炎天下の日差しも相まって勝呂くんの怒りのボルテージは右肩上がりだ。
歩きながらゲームを続ける山田くんへ数分置きに刻まれる舌うちはこっちの神経まですり減らす。

「この広い敷地内で一体の、しかも物質透過する特性を持つ霊を探すなんて・・・せめておびき出せるか何かあればいんだけど」
「たしかにな。四方に別れても限度がある」
「ひとまず、休憩しよう」

おい、と声をかける勝呂くんを無視して近くの自販機に硬貨を入れる。
スポーツドリンクを三つ。勝呂くんと山田くんに声をかけて渡すと、勝呂くんはしぶしぶ礼を云いつつ口をつけた。

「この炎天下だもん。ちゃんと水分取らなきゃ霊探すどころじゃないよ。体力も消耗してるんだし。ともかく、やみくもに探すだけじゃ意味ないかも。例の目撃証言はまばらだし一か所にとどまる性質でもないのもわかるけど・・・」
「おん・・・。つうか!お前は礼の一つも言へんのか!!」
「・・・」

無言でスポーツドリンクを飲む山田くん。
あのフード、熱くないのだろうか。

「ん・・・?」

喉仏が、ない?
山田くんと言うからには、彼、ではないのだろうか。
どういうことだ。

「ねぇ」

しかし声をかけた瞬間、山田くん?もしかしたらさんかもしれないその人ははっと上空を見上げた。

「・・・!」
「おい!」

勝呂くんを無視して山田くん?もしくはさんかもしれない、ああもうめんどくさい。山田くんは近くのジェットコースターの柱を登り始めたのだ。

「ちょっと!?」
「蒼井さんは待っとり!」

後ろから続いて上る勝呂くん。
一体何があるのだろうか。
ジェットコースターの線路上を見る。霊の姿はなさそうなのだが。
その数瞬遅れで遠くから爆発音が響く。
上がる煙幕の大きさに、事の重大さが思い知らされた。


灰色の群集

20120112 tittle by 発光