はじめまして。蒼井はなです。
そう挨拶した時のあの母親の表情は一生涯忘れられないだろう。

今現在私は藤本神父に手を引かれて夕暮れに染まる路地を歩いている。
売られる子牛たちはこんな気持ちだったのか。脳内ではドナドナがご丁寧に流れている。

「疲れないかい?」
「え?ああ、はい。大丈夫です」
「うーん、子供らしくねぇなぁ」
「もう17でしたから」

さて、どこから説明しようか。
とりあえずこの藤本神父の説明からはじめましょう。
この人は神父兼祓魔師らしく、この世ならざる事象。対悪魔に特化した悪魔払いのような存在らしい。
私がいる身体の持ち主は、奇しくも同姓同名の少女だった。
その少女が悪魔に憑かれ、少女の母親が藁にもすがる思いで藤本神父に連絡をとったらしい。
結果から言えば失敗だったのだろう。
悪魔を祓うことはできだが、本物の蒼井はなの魂は失われてしまい、別の蒼井はなの魂が残された身体にはいってしまった。のだと思う。つまり私は死んだ?
だって私には15年以上の蒼井はなとして生きた記憶がある。
多重人格ではなさそうだった。
自分の娘の顔をした他人。
いやむしろ、彼女にしてみれば私は娘の命を奪った悪魔そのものだろう。
発狂寸前の悲鳴を上げた彼女に襲われた時、さすがに死ぬかと思ったけれど、藤本神父が彼女を取り押さえてくれたお陰で命に別状はない。

「消えて!出ていって!!悪魔!!!」

泣き崩れる彼女を他の黒い服を着た人たちが宥める。
呆然とする私に藤本神父はこう言った。

「家、来るか?」

***

藤本神父は私が17歳の女子高生だったことを信じてくれ。他にも、今後は自分が私の世話をすると胸を叩いて笑っていた。
なにがどうしてこうなったのか、私にも藤本神父にもわからないけど、なんとかなる、といってくれた言葉に、私はどうしようもないくらい安心して、救われたことに気がついていた。

「今日からお世話になります。蒼井はなです。皆さんどうぞよろしくお願いします」

ぺこりと腰から90度きっかり頭を下げると藤本さんに堅いと笑われて豪快に頭を撫でられた。
今後衣食住をお世話になるなら当然なのにと非難がましく藤本さんを見上げて乱れた髪を直す。

「修道院のやつらはもう挨拶したな。それと、こっちの騒がしいのが燐、大人しいのが雪男。俺様の可愛い息子たちだぞ〜」
「ぎゃあああひげがいてぇよじじぃ!」
「くすぐったいよとうさん!」

藤本さんに抱きつかれてもがくふたりの子供は可愛い。
もともと小さくて可愛いものは好きだし、このふたりは随分見目愛らしいのだ。
けらけらと笑う子供を前に私はこほん、とひとつ咳払い。

「私はな。よろしくね、燐くん、雪男くん」
「お、おぅ」
「っ、よろしく・・・」

控えめに挨拶を返すふたりのリアクションは案外大人しい。
警戒されたのかなって少し寂しく思えばふたりを抱き抱えたままの藤本さんが快活に笑った。

「おお?なに照れてんだふたりとも〜?さてははながあんまり可愛いから緊張しちまってんのか?」
「ち!ちげぇよ!」

ぽっと花が咲いたように赤くなる頬。可愛いなぁと思わず顔が緩む。
7歳が7歳を可愛いと思うのも変な話だが、頭の中は17歳だ。
しょうがないよね。

「はなさんはどうしてうちのこになったの?」

雪男の子供らしい直球の質問に冷ややかに場の空気が凍った。
親に捨てられたから。
私自身は気にはしないけど、周囲の大人の表情が不自然に引き攣る。

「ん?ああ、はなは俺の知り合いの子だからな。お前らと一緒だ」
「へー、じゃあおまえもきょうだいになるのか?」

すかさずフォローをした藤本さんの言葉に燐が質問をかぶせる。
そうだ、と藤本さんが笑えば雪男と燐は納得したように私の手を握った。
小さくて暖かい手のひら。

「おれ、おくむらりん!ゆきおのにいちゃんだ!」
「お、おくむらゆきおです、よろしくねはなさん」
「うん、よろしくね。私の事、お姉ちゃんだと思ってくれてもいいよ。ね?」

笑いかければ雪男は頷き、燐は不思議そうに小首をかしげた。

「おねえちゃんてなんだ?」
「雪男にとっての燐みたいなもんだよ」
「ん〜よくわかんねぇけどよろしくな!」


パラレルワールドに生きる君へ

20110712 tittle by 不在証明